大地の慟哭/秦尭兎著

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大地

  「大地の慟哭」 中国民工調査

   秦尭兎(中国人)著 江西省出身の経済学者

   訳者:田中忠仁/永井麻生子/王蓉美

   PHP単行本  2007年6月初版

 「田舎から都会へ出稼ぎに来た人々」、中国人はこれを「農民工」とも、略して「民工」ともいうが、本書はそういう人々が過去に舐めた辛酸、悲惨な実情を訴え、年を追って徐々に改善されていく過程と、その過程に起こる様々な軋轢や問題点を、インタビューを主体に、責任者から示された数値などを拾い上げつつ、現状の問題点にも触れ、最後の解決は中央政府の手にゆだねるという姿勢を貫き、それが本書の発禁に繋がらなかった理由ではないかと解説者はいう。

 つい過日、イギリスのジェームズ・キングが書いた「中国は世界をメチャクチャにする」を読んだばかりだったため、中国人本人が中国をどう見ているのかに興味を持ち、日をおかずに読んでみた。

 はっきり言って、ジェームズは外国人であり、先進諸国の社会保障をはじめ労災に関しても、雇用基準に関しても、知的財産権に関しても、知悉している人物で、中国の現状を欧米の感覚で捉えたため、批評にも、批判にも、辛辣ながら的確な情報を寄せているのに比べ、本書はあくまで共産党中央への配慮を忘れずに書かれたノンフィクションであり、その点、インタビューの内容と当局の数値とが淡々と、誠実に述べるのが精一杯だったことが伝わってくるが、そのぶん、突っ込み不足は否めず、物足りなさを感じたのは致し方のないところであろう。

 さらに、知的所有権の侵害、他国に輸出している食糧の粗悪さや有毒入りのもの、ペットフードの毒で多くのペットが死に至った北米での報道、環境への配慮、産業廃棄物の処理問題などについては一切触れていず、そのあたりに中国人の書き手としての限界を感じた。

 以上が本書への書評であり、以下はとくに感じた箇所を列記したに過ぎない。

1.中国の農業収益はGDP(国内生産)の15%に過ぎないが、農業人口従事者は人口の50%。農村で暮らす人間は62%を占める。中国は農村の大変革を迫られていて、都市の繁栄のみに頼ることはできない。

2.都会で3K仕事をやっているのは田舎から出稼ぎのために来た人々、民工であり、当初は、介在する企業やボスにピンはねされ、わずかな収入で我慢するしかなかった。中国人は戸籍も都市戸籍と農村戸籍に分けられ、基本的には農村戸籍の者は都会で働く権利も資格もなかったため、介在者によるピンはねはやりやすかった。  

 (都会人が田舎者をバカにするという点では、中国も日本もアメリカもそれほど変わりはない)。

3.民工の苦悩の一つは、田舎で受けた家庭教育と都会の生活には大きな乖離があり、かつて身につけた価値観が都会で通用しないことだった。

4.民工の女性のなかには、都会の金持ちの男が囲う例もあり、いわゆる二号(妾)のうち68.7%が民工の女性だった。民工女子の半数近くが性的な抑圧を感じ、20%が金銭で性的満足を得たいと思ったか、あるいは実際に行動に移し、10%が売春をした。

5.田舎から民工が一億人以上、都会で暮らし、毎年1千万人以上が新しい労働力として都会に流入したが、こうした人々には三つの精神障害にかかりやすい面があった。一つはカルチャーショック型、一つは給料の遅配など重大なショックによる急性のもの、一つは田舎と都会を結ぶ劣悪な移動環境による旅途精神病である。

6.都会での治安が悪化したのも民工のせいで、金銭に困り、窃盗、ひったくり、強盗、痴漢行為などの事件が毎年500件をオーバーした。都会で初めて接したポルノに夢中になったり、頭がおかしくなった男もいて、性的な満足を得られない男たちにとって社会問題となり得、結果、買春、ポルノ、エイズ、強姦などを招来する。

7.都会で金のためにだけ寂しく暮らす若い男女が性の問題に苦悶するのはあたりまえで、いずれは放埓な社会現象になるに決まっている。とはいえ、民工の男女には性的な知識がお粗末で、性教育を受けた経験もなく、避妊の方法さえ知らず、エイズの知識も乏しい。(放擲すると、タイ以上にエイズが蔓延する可能性がある)

8.中毒性肝炎、職業皮膚病、肝機能障害など、炭化水素、電気メッキ業、化学工場に多数の患者が出た。広東省で働いている民工は1000万人、1989年から2001年までに急性、慢性の職業性中毒症は1656例、死亡は107例、2001年に発表された労働疾病の発病総数は1987年の2.7倍、毎年69.2%ずつの増加。

 (炭鉱などはお粗末な構造のまま掘り進むため、爆発や崩落事故が絶えない)。

 1990年以前には、広東省の疾病のうち70%が重金属で、1989年には有機溶剤が全労働疾病中の2.5%に過ぎなかったのが、2001年には80%に上昇した。電子、金属メッキ、また衣料製造業も化学薬品の使用によって労働疾病が発生するようになった。その他、へキサン中毒症、過労死、安全に配慮を欠いた機械による手や指の切断事故、鉱山採掘の現場では防護装置がとられていない環境下で多くの人が塵肺や珪肺という病気にかかった。(こうした人命軽視の見本のような出来事は人口が多いがゆえの結果であろうか。もっとも、日本がこういう中国の現状を批判する資格があるかどうかは軽々には言えない)

 1950年代から現在まで、全国で14万人の鉱山労働者が塵肺で亡くなっている。

9.企業は法律をつくらず、民工は法律を知らない。民工に与えられる食事は豚の餌以下、腐敗した肉に、洗いもしない野菜をぶち切りにして、鍋に放り込むという料理。食堂の経営者は雇用主から選ばれて請け負っているから、食事の内容を悪くしてさらに儲けることを考えるからだ。要するに、食の安全は保証されず、最低の価格で肉と米と野菜が購入され、餌として与えられるという図式。

 ただ、民工の人々にとって、金がない以上、与えられたものを口にする以外に方法はなく、といって病気にかかっても治療費が払えないというジレンマがあった。労災保険があっても、それを理解していない。

10.(農民の支持によって政権を奪うことに成功した共産党が、現在自由市場経済に入って以降、最も辛くあたって、ケアしないのが農民。かつて、鄧小平が「どんな毛色をした猫でも、鼠を獲る猫は良い猫だ」と言ったが、さしずめ「どんな企業も収益を上げる企業は良い企業だ」ということにでもなるのだろう.。その延長線上にあるのが、地方自治体による土地強制収用、民間人への保証がいい加減のまま、個人の建築物を破壊し、空き地を競売にかけ、立場を利用してがっぽり儲ける手法である。こういう地方の民の苦悶を無視し続ければ、将来において、必ず暴動に繋がり、場合によっては収拾のつかぬ状況を呈することもあり得る)。

11.2000年以後、労災保険、養老保険に入るべきであると規定され、加入した民工も少なくないが、民工自身がいわば流動性が激しいという事情があり、かつ、処遇がよくなると、仕事の選択をするようになり、一箇所に固定居住して労働に勤しむ形が崩れてきた。一方、民営企業も、個人企業も、保険に対する正しい認識はしていない。彼らにとって、保険に加入することによる費用負担を嫌うあまり、雇用者数をごまかしたり、虚偽の報告をして人員をごまかすという手法を採る企業も跡を絶たない。嘘がバレて掴まった企業もあるが、いずれにしても、イタチごっこ。(この国は、政府と法律と犯罪と政府官僚の賄賂が恒常的にいたちごっこ)。

12.民工の権利を守るには第一に制度と法の確立、第二に政府からの行政推進力、第三は全国の企業グループと民間の力の結集。

13.2004年になって、政府は天津、重慶、黒竜江、江蘇、湖北、広東、四川、ウィグルなど8つの省、自治区、直轄市に対して、給料欠配の清算を指導するよう促した。北京では、11万人の民工が未払い分の給料を受け取った。

14.企業が民工を選択していた時代から、民工が企業を選択する時代に変化。企業による民工争奪戦がはじまった。(15億の民を抱える中国で人手不足が深刻化しているのに、たった1億の日本では未だに就職に難があるとはあまりに皮肉な話というしかない)。「民工」はいまや「民工荒」(ミンゴンファン)と呼ばれるようになった。

15.両親が都会で働くために同行した子供たちには訛りがあり、都会の学校では「はみだし者」として扱われ、といっていまさら故郷には帰れないから、「都会の新市民」として、コンプレックス、プライド、差別、困惑、格差と同居しながら生活するしか手段はない。とはいえ、流動する民としては子共を学校に上げられずにいる親も多い。全国で200万人の子供が未就学。ちなみに流動民は2,600万人に昇る。(都会に家族を連れて出たきた人々はいったいどこで暮らしているのだろうか?)

 一方、郷里に残された子供たちは両親と離れ離れとなり、愛に飢え、自棄を起こして自殺する子共までいる。

16.民工の離婚率はいやま50%。民工として都会に出た主婦は経済的に自立できる。男女平等意識も高まる。郷里では男尊女卑が著しく強く、もし夫が昔のままだったら、心は離れ、離婚となるのは必然。(どこの国でも、女性に経済力があれば、女性は離婚することに逡巡しなくなる)。

  中国は儒教の国、まずは「親に孝」であることが第一の徳義だった。その意識がいまや崩れつつある。また、農村は今後どう変貌を遂げていくのか、崩壊か発展のための陣痛かが問われている。政治の実態として推測されることは、トップに居座る共産党員が、地方自治体のトップと同様、企業から膨大な賄賂をとり、ために産業廃物の垂れ流し、著作権侵害、給料の遅配、未払い、農村の荒廃などに積極的な姿勢を採らないのではないかといわれる。


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