大量絶滅がもたらす進化/金子隆一著

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大量絶滅がもたらす進化

「大量絶滅がもたらす進化」 金子隆一(1956年生/サイエンスライター)著
副題:巨大隕石の衝突が絶滅の原因ではない? 絶滅の危機がないと生物は進化を止める?
帯広告:絶滅は進化を加速する!
2010年2月25日 ソフトバンクスクリエイティブより新書初版 定価:¥952+税

本書からは文明以前の地球の歴史を学ぶことができる。その歴史は文明の歴史よりもはるかに長く、かつ謎に満ちている。

ダーウィンとウォレスの共同発表という形で進化論が発表されたのが1858年、「種の起源」が世に出たのがその翌年だった。

「生物の体は基本的に蛋白質ででき、蛋白質はアミノ酸が多数連なったもの。どんなに複雑で巨大な蛋白質の分子も実際には20種のアミノ酸順列の組み合わせでできていて、これ以外のアミノ酸は一切使われていない。現在の地球のすべての生命が同じ共通の祖先から進化したことの一つの証拠である」

「すべてのアミノ酸(と、はじまり、終わり)は3文字の塩基で表されているが、この3文字のコードがDNAの増幅のたびに正確にコピーされていくだけでは、生命は永久に進化しない。ときおり、ここにミス・コピーが生じ、遺伝が狂うことによって新しい形質が生まれ、それが自然選択のフルイをくぐり抜けて優れたものだけが定着し、種のなかに広がっていく」

「突然変異はどんな個体、種にとっても中立であり、有利でも不利でもない」

「進化は継続的に進行する。地球史には進化が進行する時代と停滞する時代がある」

「古生代の重要な示準化石であった三葉虫は古生代の終わりとともに絶滅し、これと同時に海中では大量の腕足類(貝類など)、サンゴ、コケムシ、有孔虫、紡錘虫、哺乳類の祖先も死に絶えた。

このように、系統上互いに関係なく正対的にも大きくかけ離れた生物が大量に消えてしまう現象を大量絶滅といい、大きな地質年代の区切り目には必ず大量絶滅がつきまとっている。生態系に巨大な空白ができるからこそ、あとに生き残った生物が進出し、爆発的な適応放散を遂げることができる。

いわゆる原生代(25億年前から20億年続いた時代)の始まりは地球上に酸素が豊富に供給されるようになったときであり、生物は初めて酸素の利用に積極的になった。

また、原生代は大陸が移動中で、初期はほとんどの大陸は南半球に偏って存在した」

「地球史上、大量絶滅は都合11回起こっている」

「隕石の地球衝突が恐竜の子孫すら残さずに死に絶えた原因であることが一般に信じられているが、もし、たった一発の隕石の衝突が白亜紀末の絶滅の根本的原因であるとしたら、衝突の瞬間まで、白亜紀の地球生態系には衰退の兆しは微塵もなく、恐竜をはじめとするすべての動植物は最後の瞬間まで繁栄を続けていなくてはならないはずだ。

しかし、ほかのあらゆる絶滅と同様、白亜紀にも絶滅のプロセスは地質学的に短期間とはいえ数千万年から数百万年の時間規模をもって徐々に進行していた。恐竜は明らかに衰退しつつあった時期であり、隕石の衝突があったにせよ、崩壊寸前の白亜紀生態系に最後のとどめを刺しただけと考えるのが正しい見方である」

「超新星爆発が太陽系から100光年離れたところであったとしたら、地球上に年間3千レントゲン(自然界から人間が受ける量の10万倍)の放射線が降り注ぎ、多くの生物を絶滅させるだろう。万が一、地球大気が放射線を吸収したとしても、大量の水蒸気が成層圏まで舞い上がり、地球を寒冷化させ、生態系を広範囲に破壊する」

そういうことが過去にあったのか、あるいは未来にあり得ないとは限らない?

「地球大気に遊離酸素が含まれるようになったのは地球に光合成生物が登場し、長い年月をかけて大気中に酸素を放出し続け、酸化されるべき鉱物がそれに必要な酸素を使い尽くしたあとであり、ようやく大気中に充分に安定した酸素が蓄積された。

つまり、酸素を含んだ大気などというものは正常な発展を遂げ、安定状態に達した惑星が持つはずのない、きわめて不自然な存在であり、地球それ自身とはなんの関わりもなく、地球表面に勝手に湧いた生物が勝手に地球の物質の分布に(太陽の力を借りて)偏りをつくりだした結果に過ぎない。

酸素そのものが、光合成生物の排出した老廃物であり、酸素は究極の環境汚染物質である」

(としても、宇宙に地球外生命を求めるのは愚の骨頂というわけではないだろう)

「かつて、地球上が緑樹で覆われていた石灰初期の時代、地上には現在空気中の20%を占める酸素が30%はあったであろう」

もし、空気がすべて酸素だとしたら、地球上の生物のほぼ100%は生きられないのではないか。

本書に接することで、酸素そのものが光合成生物による老廃物であることを納得させられたし、恐竜絶滅の真実に、より正確に迫ったという実感が持てた。つまり、適度な種類と量とに満ちた大気が薄い膜のように覆っている天体自体が稀有の現象であるということ。


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