天球は翔ける/陳舜臣著

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天球
    

    「天球は翔ける」j上下巻  副題:アメリカ大陸横断鉄道秘話 

     陳舜秦臣著(1924神戸生まれの台湾人)

     集英社文庫   2003年4月文庫化初版 

  副題に「アメリカ大陸横断鉄道秘話」とあることに心を惹かれ、入手したが、これはほとんど詐欺的な副題である。

 

 内容はイギリス、フランス両国によって清朝(中国)に仕掛けられた阿片戦争(二度にわたる)の後、それまで君臨していた清朝に対する国民の信望が凋落(ちょうらく)、全国的に清朝打倒を目的とする各種の団体(そのうちの一つが太平天国という一種の宗教団体で、本書のなかに少なくとも50回はその名が出、辟易させられる)が旗を挙げ、社会は不安定となり、治安が悪化、まともな生活が不可能となった多くの中国人が、ちょうどゴールドラッシュに沸き返るサンフランシスコを目指し大量に移民する物語で、要するに清朝末期の混乱のなかにおける中国人の移民を描いた物語といっていい。

 サンフランシスコに渡った中国人はゴールドラッシュよりも地道な生活を求め、得意の商売で繁栄するなか、かれらが主役となって開通を成功させた大陸横断鉄道によって、東から多くの開拓民が押し寄せる結果を招き、黄色人種は迫害、排斥、侮辱を受ける。東洋人としては中国人がアメリカ社会における人種差別の初めての経験者といっていい。

 実は、西側はサクラメント(サンフランシスコより北北東に約120キロの位置)から鉄道の開通をスタートさせたのだが、東側から鉄道の敷設に邁進したのはアイルランド人で、米国中部のネブラスカ州のオマハから肉体労働を強いられた。

 

 アイリッシュは当時、コーカソイド(白人)としては最下位に位置していたが、時代が下るにつれ、プエルトリカン系、メキシカン系、中南米系の移民が増えるにつれ、社会的地位も上がっていったのに比べ、中国人は日本人が(明治期以降に)移民するまでは最下位から脱出できなかったという過酷な歴史があるが、「人は見下す相手を見つけながら生きる」ことを暗示して充分。

 

 また、中国人が移民を開始したこの時期、ハワイは一つの国であり、アメリカに併呑される前の時代で、ハワイの大王が日本に帰属したい意向を明治天皇に打ち明けた歴史がある。このことに関連するが、サイパン島でも、帰属する国をめぐって選挙があったとき、かなりの数が日本を希望したことに、米国政府が驚きを隠さなかった。

 中国人はサンフランシスコにかたまって居住する愚を悟り、東の大都市に向かって段々に地歩を拡大していく。

 以上のような清朝末期の中国移民に関する史実に関心のある方には格好の読み物にはなっている。

 内容は、正直いって、わずかな歴史的事実に登場人物を含め、作者個人が創作した部分が多量に混入され、くどくどしいばかりでなく、文章はきわめて冗漫。このような歴史に興味のない読み手にとっては退屈きわまりなく、倦怠感が強い。この作者は鉄道開通を目的に高地をどのような手法で切り開いたかという科学的な嗜好よりも、中国人の商圏の拡大のほうに関心が強いという印象を受けた。

 もともと、私は副題として明記された「米国大陸横断鉄道」について、中国人労働者が前面に立ち上がるシェラネバダ山脈を切り開くのに相当の苦労を伴い、かつ相当の死傷者も出た事実、開通したあともアメリカインディアンに列車が何度も襲撃された事実、ために騎兵隊を常時列車に乗せて防御措置を工夫した事実、などなどを知っており、だからこそ、その部分に絞ったノンフィクションを期待したのがそもそものミステークだった。

 いまでは、ニューヨークのマンハッタン島では、「中国人がみずからの土地を毎年10センチずつ拡大する」といって、日本総合商社の出向社員が眉間に皺を寄せる時代になっているが、ある意味で、感慨深いものがある。

 外国における中国人同士による連携の深さに比べ、日本人にはかれらほどの連携も、チームワークもない。

                       


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