始皇帝/塚本青史著

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「始皇帝」  塚本青史(つかもとせいし/1949年生)著
副題:「永遠の命」を除く、この世のすべてを手に入れた狂気の王
2006年8月、毎日新聞社より単行本として刊行
2009年8月、講談社より文庫化初版  ¥790+税

 

 本書は西暦前200年前後に中国の西、秦の国に生まれた男の生涯を綴った内容であり、同時代には孔子、顔回、韓非子なども排出、幼児の頃こそ人質として不遇の時代を過ごしながら、長じて解放されるや富裕の商人の支援を受け、秦の太子に昇格、その時点からは部下にも恵まれ、遮るものもなく領土を拡張、あっという間に七つの敵国を平らげ、この国初の全土統一を果たし、天下に覇を唱えた。

 そうした歴史的な動静に関しては、誰もが常識的に認識しているところだが、作者はその間に、司馬遷の残した史記を主軸に他の文献をも参考にしつつ、史記から漏れた史実(西安の兵馬俑については史記には書かれていない)をも配慮しながら、物語を創造しながら内容を蓄積していった経緯が想像される。それを面白いと思うか否かは読者の勝手というものだが、まずまずの出来に終始していると私は評価したい。

 天下平定後に、自ら「始皇帝」と自称した僭越ぶり、尊大さは偉業をなしとげた男の自負心というしかないが、結局、始皇帝が残した「皇帝」という名は最後の皇帝(溥儀)まで継続したし、「一つの中国」という集権国家思想は今日の共産党一党独裁という形で一応守られている。

 また、始皇帝が即座に全国に指示した「度量衡」の統一、「書体や文字の意味の統一」は以後の中国の歴史に大きく寄与していることも事実。

 また、「秦」という国名が、日本では「シナ」、ヨーロッパには「China」という名前で伝播し、記憶されたのも事実であり、だからこそ中国を「支那」と呼んでいた時代があった。「中国」とか「中華」とかいう名称は「自尊」以外のなにものでもない。

 太子に返り咲いた直後、父親の愛妾だった女を太子が頻繁に抱く神経は異常であり、同時に、実の母親が男ができるたびに息子の王に向かって「この男がわらわが囲っている男である」と報告、紹介し、男遍歴をくりかえす神経にも理解を超えるものがある。

 覇業がなった直後、街頭には始皇帝を非難する高札が咸陽の目抜き通りに出た。

(1)他人から姿を隠せば、本当に仙人に気に入られ、不老長寿になれると信じている大たわけ。

(2)それを諫言せぬ大臣どもは精神構造劣悪の輩(やから)。もとより、社稷(しゃしょく)の臣(国家存亡の危機に身を挺して事に当たる家臣)などではない、退嬰の保身を図る不忠者だ。

(3)皇帝とはあまねく全世界の長(おさ)である。それが万里の長城などを築いて、世界の限界をみずからつくり、自家撞着に陥っている。世界に果てなど、あろうものか。

(4)民を使役に駆り出し農作業をさせぬため、帝国全体の田畑は荒れ放題だ。飢饉が起これば、咸陽宮の倉庫が襲撃されよう。それも仙人の思し召しである。

(5)始皇帝の父親は、故文信候である。五十年ばかり前、彼の妾(朱姫)を見初めた荘襄王が娶ったときには、すでに胤(たね)が仕込まれていた。始皇帝は実の父まで自害に追いやった極悪非道の、人の皮をかぶった虎狼である。

 これは、始皇帝が不良長寿の薬を求めることに急であるばかりでなく、これまであまりに多くの人を殺したことへの批判も含まれよう。いくら人の命の軽い中国とはいえ、多くの人命を奪う挙に出た所業は、内外から多くの恨み辛みを買うことになり、しかも必ずしも一代限りの怨嗟で終わることもなく、時を越えて報復の可能性を残すことにもなる。

 これを予測できなかったことは始皇帝の思い上がりとも、治世者としての能力の限界を暗示しているとも考えることができるだろう。現実に、始皇帝が前210年に巡幸中に死んで、二代目はセカンド・エンペラーにもなれずに、秦という国は滅びている。

 始皇帝が巡幸中、むろん不老長寿の薬を探索しての渦中だが、「海からの悪意」だとか、「山鬼」だとか、「海神の気」だとか、そういうものに神経質になっていたきらいがあり、それを麻薬を過剰摂取することによって凌ごうとした過程で死に至ったのではないかとの憶測も招く。

 始皇帝が紀元前に活躍した時代、奇しくも、ヨーロッパではローマ帝国が台頭し、エジプトではファラオ時代からクレオパトラのプトレマイオス時代に入り、中近東の一部ではユダヤ教が興隆し、世界がある意味で躍動期に入ったという感がある。日本はようやく縄文時代が終わり、稲作の弥生時代が始まって100年ほどが経ったころ。

 かつて「中国の歴史通観」で読んだ始皇帝とは内容的に趣が異なる点が面白く、読書に倦怠を覚えなかった。


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One Response to “始皇帝/塚本青史著”

  1. 赤いからす より:

    こちらこそいつもペタありがとうございます。
    始皇帝…難しそうなのです。
    「ラストエンペラー」という映画をちょこっと見た記憶があるだけなのです(>_<)

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