孤高の人/新田次郎著

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孤高の人

「孤高の人」上下巻  新田次郎(1912-1980)著
1969年 新潮社より単行本
1972年 同社より文庫化初版

 

 同じ作者の「強力伝」は一気に読ませる迫力と牽引力に充ちていたが、それに比べ、本書は孤高の人が山に立ち向かうことに注力するより、時代背景(戦前の赤狩り)、造船所という企業での上司や同僚関係に筆を割き過ぎ、ために倦怠感の強い作品になっている。

 登場人物が実名で書かれたのが、遺族の希望だったという点から想像すると、主人公の生き様のみならず、具体的な社会生活にいたるまで、事細かに聞きすぎ、そうしたことが作品を仕上げる上で隘路になった、邪魔をしたという見方も出来るかも知れない。

 時代や社会背景を最小限に絞り、山に立ち向かう一人の男としての部分を強調すれば、読者に迫る力が桁違いになっただろうし、量のうえでも半分ですみ、上下巻に分ける必要すらなかったのではないかという気がする。

 少なくとも、本書を手にする読者は山が好き、あるいは山と何らかの関係がある人であり、主人公がどのような形で山と対峙するのかに関心があって本書を手に取ったに違いなく、著作内に出てくる山の名前にも馴染みがあり、懐かしく思った、あるいは思ってるという点では、そう差はないだろう。

 私自身、高校時代は山岳部に所属し、部長まで務めた関係で、本書に登場する山々のなかで、実際に登頂した経験のある山が幾つかあり、懐かしさで胸がふくれた。木曽の駒ケ岳、立山連峰に属する、剣岳、雄山、浄土山、白馬岳、八ケ岳、入笠山、丹沢の沢登りなどに挑戦したことが思い出される。

 なかんずく、木曽駒ケ岳に登頂したあと、松本駅で他のグループに落ち合い、白馬岳の雪渓をアイゼンをつけて登り、三日後には、先輩をリーダーに、三人で富山の、黒部川に向かって降りたはいいが先輩らとの合流点にまで達することができず、途中でビバークし、翌日早朝、黒部の宇奈月で先輩に合流したうえで剣岳の雪渓を登り、立山連邦に挑みつつも、途中13日目に五色原に至って、槍、穂高をはるかに眺めながら、リタイアーしたときの悔しい想いは消し難く胸底にある。原因は同行者の一人が疲労困憊し、ギブアップ宣言したためだった。

 当時、登山をする者はお金持ちのぼんぼんが多かったという記憶があり、私の家庭は貧しかったため、アメリカの進駐軍が放出したヤッケ、軍靴などを御徒歩町のアメ横で購入した覚えがありはするが、卒業と同時に登山とは縁を切り、子共のころから馴染んだ海へと心が向かったのは、所詮は、自然とのふれあいが根っから好きだったのだと思う。

 とはいえ、長じて、海の本はもとより、登山関係の本を好んで読むのは、そうした経緯があったからだが、正直いって、本書にはがっかりした。いや、というより、書くことの難しさをしみじみと感じさせられた。


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