宇宙の謎まるわかり/的川秦宣著(その1)

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「宇宙の謎まるわり」 的川泰宣 (1942年生)著
作者:鹿児島宇宙空間観測所長、工学博士
PHP文庫  2002年1月初文庫化

書評 その1 (書評よりエキス部分が長くなったので、「その1」と「その2」に分ける。)

宇宙空間に関する極めて基本的な知識を集約した著作であり、その意味では入門書としての意義がある。また、同時に、これまでの天文学を扱う著作では説明、紹介されなかった新しい知識をも提供しているという点で価値が高い。

「最高の教師は人々の心に火をつけること」と、作者は力を入れているが、私が個人的に思う最高の教師とは「みずから専攻する学問の魅力をそのままわかり易く人々にも生徒にも伝えられる教師」であり、それによって好奇心を刺激する教師という意味では、作者にも適正があるように思われる。

以下は、著作中の論点、紹介、解説に関する文章のなかで、教えられたこと、気になったこと、腑に落ちたなかったことなど、エキス部分を列記しつつ指摘した。天文学に関心があったら、読んでみてください。

1.宇宙科学者の扱う範囲は量子力学の世界(10のマイナス35乗メートル)から「宇宙の地平」(10の62乗倍)という極小から極大までの世界を扱う。しかも、宇宙のそれぞれのサイズの階層に応じて、それぞれ独自の構造が存在しているという複雑さ、不思議さは筆舌に尽くしがたい。

2.「ビッグバン」という「宇宙のはじまりはジョージ・ガモフ(1904-1968)が発表した考えだが、その言葉はフレッド・ホイル(1915-)がガモフの考え方を揶揄して発した言葉だった。

3.宇宙を飛び交っているマイクロ波はガモフが予言した絶対温度7度より実際は低く、現在では2.7度が正しいとされる。

4.宇宙初期の真空状態のままの膨張はよほど急激に膨張しないと、現在のような膨大な物質の基はつくれない。この急激な膨張を日本の誇る天文学者である佐藤勝彦氏(1945-)は「インフレーション」と命名した。

5.宇宙の始まりは時間が存在しない。ビッグバンから10のマイナス43乗秒後の宇宙のサイズが10のマイナス31乗だった。プランクが「量子力学」の時代という最初の状態を見つけ出したが、ここまでが現在の宇宙論の限界。

6.宇宙に限りがあることは確かであり、百数十億年をかけて膨張を続けてき、光で百数十億年くらいかかるサイズというほか表現のしようがない。

7.太陽ぐらいのサイズの星の寿命は百億年で20倍の大きさならば100万年と短くなる。太陽はすでに46億年存在してきたので、あと50億年ほどは生きられる勘定になる。(ニュートンの遺言「彗星が2020年に太陽に衝突する」が当たらない限り)。

8.むかしの科学者は太陽は石炭で燃えていると思っていた。現在における常識は水素1とヘリウム4の割合で原子力エネルギーで燃えている。太陽は鉄よりも軽い原子核同士が一緒になって燃え、エネルギーを放出している、いわゆる「核融合」である。重い原始核同士は「核分裂」と呼ばれ、原始爆弾や原子力発電に使われている。

9.太陽は数ある恒星のうち中程度の質量をもつ星だが、私たちの太陽系が属する銀河にも「へび座M16」という散光星雲があり、冷たく高密度の塵とガスの姿が望遠鏡に映る。ここの先端の突起状の部分が新しい星、いわば原始星を誕生させるところで、いずれ一人前の恒星がそこに誕生するはずだ。望遠鏡による神々しいまでに感動的な発見である。

10.地球にやってくる光には古いものと新しいものとがある。数十億年前の光と数百年前の光が同居している事実は実に感慨深い。

11.宇宙の背景放射の発見によって星や銀河の見えていないところにはさらに古い時代の残照があると知られるにおよび、夜空は「神秘的な美しさ」というより恐ろしいほどの「宇宙の現実の歴史」を思わせる世界に変貌した。残照は宇宙が今の1000分の1程度のサイズだった時期に放たれた光の名残とされる。宇宙の構造的なむらはそれ以降に起こっている。最近になって、銀河の分布にもむらが存在することが判ってきた。天体という形すらなしていない物質も大量に存在した。

12.銀河の群れているところを「フィラメント」、なにもないところを「ボイド」(VOID)と呼び、全体として「宇宙の泡構造」と称している。「泡構造」の生い立ちについては決定的な説はまだない。(MOIDとは有効期限の切れた切符に「使い済み」との意味で押される印でもある)。

13.宇宙内の物質の量が多くの互いの重力(質量)で引き合う力があれば、宇宙の膨張を止める力になるが、反対に、物質の量がすくなくて互いに引き合う力が弱ければ、宇宙の膨張を止めることは永遠にできない。

14.そもそも、宇宙の物質の量、重力の合計を測るには一体どうしたらいいのか。一つには、銀河の回りを運動しているガスや星の速度を測定する方法。もう一つは、単純だが、星の数を数えるという方法。銀河の明るさを観測することによって、それは可能。これをフリッツ・ツヴィワキー(1898-1974)が1930年代に計算したところ、どうも速度を基に求めた物質の量のほうが圧倒的に多いことがわかった。

15.重力を及ぼしてはいるが、見えない物質が圧倒的にたくさん存在すると、天文学自体に問題が起こってしまう。私たちに見えていない物質を「ダークマター」と呼ぶようになったが、これは暗黒星雲やブラックホールとは異なる性質のものである。ダークマターという厄介ものを量的に図ることはむずかしい。残された手法は電磁相互作用も強いが相互作用もしない素粒子からなる物質で、その有力候補が「ニュートリノ」という素粒子であり、ひょっとすると、相互作用しない新種の素粒子が銀河の物質の大部分を占めている可能性がある。

16.日本が打ち上げた「あすか」がX線で調べたところ、「ろ座」の銀河団の中心には「NGC1399」という楕円形の銀河が腰を据え、そのそばに小さな「NGC1404」という銀河が見えている。X線でキャッチしたこれらのガスは数千万度という高熱プラズマ。この二つのピークの周囲に弱いX線が広いひろがりをもっている様子が窺える。「あすか」はダークマターが銀河の周辺に集中的に集まり、銀河団というレベルにおいても集中している、つまり分布に二重の階層構造のあることを発見して、ダークマターに関するヒントを提供した。以後、1990年に米英独が開発した衛星との協同観察により多くの銀河団が同じような特徴的二重構造をもつことが明らかになった。

17.ところで、ニュートリノの幾種類かの存在が質量をもっているとすれば、ダークマターの有力候補になる。1987年2月、岐阜県の神岡町にある地下1000メートルの観測装置「カミオカンデ」にニュートリノが飛び込み、これが17万光年かなたの大マゼラン雲で爆発した超新星からのもので、わずか11個の粒子が世界初の快挙となり「ニュートリノ」天文学の幕開けとなった。

実際に飛び込んだ総量は1億の1兆倍の数だったが、捉えられたのはわずか11個。1998年から2000年にかけて後継機「スーパーカミオカンデ」が装置され、相次いでニュートリノに質量があることの決定的な証拠を発見。ただし、質量の絶対値は未だ不明。とはいえ、ダークマターが宇宙の未来に果たす役割は小さくはない。

18.ロシアのカール・シュヴァルトシルト(1873-1916)はアインシュタイン(1879-1955)が発表した一般相対性理論を読み、この理論を星の周りの重力の大きさに適用するとどうなるかを考え、計算に没頭、ついに1916年に計算を終え、「どの星にもその質量の大きさに対応して特別の振る舞いをする半径が存在する」ことを述べ、それが後に「ブラックホール」と呼ばれるものの入り口を示唆。光さえ一端入ると出てこれなくなるという「シュヴァルツシルト半径」を発表した。完全な球形をしない天体の周りの真空解、つまり物質のないところでの重力を表現する解である相対性理論では、重力は物体同士の引き合う力として働くのではなく、「ゆがみ」という状態を示唆していたが、シュヴァルツシルトはこの「空間のゆがみ」を計算して「ブラックホール」の端緒を発見、これらの学術文書を1916年にアインシュタインに送ったあと、42歳で死亡した。ちなみに、相対性理論は重力の強いところでは時間の進み方が遅くなることも、「重力ポテンシャル」として明らかにしている。

19.ブラックホールの存在はアインシュタインですら信じていなかった。

20.1930年代に太陽のように輝いていた星が核融合反応で燃え尽きはじめると、芯の周辺はぐーんと膨らみ、最後は巨星という状態になる。太陽がそういう状態になれば、太陽の表面は地球に届き、地球は溶けてしまう。そして、太陽はガスで膨れた星から逃げていくと残された「灰の部分」は縮まろうとする重力だけになる。

縮む星は潰そうとする重力に潰されまいと抵抗する。電子の「縮退圧」とがつりあったところで、固い塊ができ、これが「白色矮星」となる。一立方センチの物質が1トンから1000トンという密度の高いものになる。太陽がそうなれば、一立方センチメートルが6トン、角砂糖一個が車6台分くらいの重さになる。白色矮星は内部に熱源がないので、冷えていく一方である。こうして、段々と褐色化し、そして黒っぽくなって、銀河系をさまよう運命となる。

「その2」に続く


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