宇宙の謎まるわかり/的川秦宣著(その2)

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「宇宙の謎まるわかり」  的川泰宣著
PHP文庫

書評 その2 (その1からの続き)

21.「白色矮星は」臨界点に達した質量が、それ以上重いと、潰されて「中性子星」になってしまう。ある重さ以下の星でないと、白色矮星にはなれない。この限界質量を見出したのがインド生まれの物理学者、スブラマニアン・チャンドラセカール(1910-1995)だった。

白色矮星の限界質量を太陽の1.4倍と弾き出して、これをイギリスの学会で発表したとき、当時イギリスの天文学の重鎮だったエディントンにこっぴどく批判された。

1844年にドイツのフリードリッヒ・ベッセル(1784-1846)が「大犬座」のシリウスのふらつきから見えない伴星の存在することを示唆したことがあるが、その後、天体望遠鏡の進歩により、1862年アルバン・G・クラーク(1832-1897)によって、その伴星が確認され、さらにカリフォルニア州ウィルソン天文台でウォルター・アダムズ(1876-1956)が観測によって、この星から出た光の赤方偏移が太陽からの光よりも30倍も大きいことを発見。

大きな重力のせいで光の波長が伸びていること、アダムズは白色矮星という高密度の星の最初の確認者となった。これらの新発見、新しい確認によってインドのチャンドラセカールの理論は揺るぎないものと認められ、1983年ノーベル賞を授与された。

22.白色矮星よりもっと大きい星には別の運命が待っている。

そういう星は中心にできた芯が押し潰されて高温になり、再び核融合反応を始め、次々に重い原子核を生み出し、外側からヘリウム、炭素、酸素、ネオン、マグネシウムと、玉ねぎ状の構造をつくって、最後は鉄までいく。鉄は安定した原子核をもち、これ以上は核融合は起こらない。結果、鉄は光を吸収してヘリウムに分解しながら収縮し、ついには超新星爆発を起こす。

その際に最も重い元素(ウラン、金、鉛など)をつくりだす。超新星爆発は1000個の星を集めたほどに輝く、途轍もない規模の現象で、夜空に美しいガスや塵を撒き散らす。つまり、水素やヘリウムなどに混じって、後の世代の星の材料をばらまく。同じような光景はカニ星雲にもベール星雲にも見られる。

23.さらに重い星は中心核が鉄だけになると、もうエネルギーは放出せず、内部から支える力も弱くなり、ために重力によってどんどん押し潰され、鉄はいったん光を吸収してヘリウムに分解しながら収縮する。周囲から過激に熱を奪う反応。

熱と重力によるバランスは崩れ、周囲の物質は超音速で落下を始め、いわゆる「重力崩壊」が起こる。中心部の密度は角砂糖一個分が数億トンという驚くべきもので原子核を構成する陽子はエネルギーの大きな電子を吸って中性子に変身。中性子も電子と同じく、「同じように、同じ状態で、同じ場所に存在できない」というパウリの「排他律」に従うので、くっつき合って隣り合うと、潰そうとする重力に抵抗する力が生まれ、これを「中性子の縮退圧」という。

しかし、芯の外では秒速数万キロメートルというスピードで物質が落下する。その落下物質は中性子の固い芯に衝突し、跳ね返される。その跳ね返りは衝撃波となって秒速4000キロメートルくらいの速さで星の外、表面に伝わっていく。衝撃波が到着すると、星の表面は50万度以上になり、強い紫外線を放つ。そして、表面近くが秒速数万キロメートルの猛スピードで膨れはじめる。

1930年代の学者はこうした重い星の場合は密度が白色矮星よりももっと高く、1立方センチが10億トン、角砂糖一個分が乗用車10億台分という想像を絶する世界となることを発見した。

これを「中性子星」「というが、これを考えたのはアメリカのフリッツ・ツヴィッキーとウォルター・バーデ(1893-1960)、旧ソ連のレフ・ランダウ(1908-1968)である。

24.1967年、イギリス、ケンブリッジ大学のアンソニー・ユーイッシュ(1924-)が奇妙な星を発見。正確な時間の間隔をおいて電波を発している。「パルサー」と名づけられたこの星は高速自転運動をし、強い磁場をもつ中性子の星であることが判明。

1930年、原子爆弾の製造で名を馳せたロバート・オッペンハイマー(1904-1967)はその仕事をする前に、「連続的な重力崩壊について」と題して、「非常に大きい星の重量崩壊はとどまるところを知らず、無限に続く。時間もゆがみ、巨大重力場の近くの時間の経ち方はそこから離れた場所の経ちかたよりも遅くなる。押しとどめる力がなければ、もう、これはどこまでも縮む以外にない」と、かねて疑問視されていた「シュッヴァルツシルト半径」が現実に存在するらしいことを暗示した。

アメリカの物理学者、ジョン・ホイラー(1911-)はオッペンハイマーが「凍結した星」という概念を提出してから約20年後の1958年になってもオッペンハイマーを支持しながらも百パーセントは同意せず、ヒューイッツュが中性子星を見つけた時点で、それまでの星の進化の研究のあらすじが間違っていることを指摘した。時勢に推されて、「凍結した星」の支持者の一人だったホイラーははじめて「ブラックホール」という名称を使い、以後、この言葉が世界に広まった。

25.巨大なブラックホールは我々の銀河の中心にも存在することが日本のX線天文衛星「あすか」が強烈なX線を捉えて、その存在をつきとめた。以来、世界中の学者間に「ブラックホール探し」が始まり、リストが段々に豊富になっている。

1993年、日本は「あすか」を大気圏外に送り、「あすか」が採取した情報を送り、結果的に1000本を越える論文を世界の科学者に書かせ、2000年12月現在で75名の博士を誕生させた。「あすか」が観測した宇宙X線は延べ2500個におよび、大きく、星、銀河、銀河団に分けられる。

26.宇宙からの電磁波には波長の長い順に、電波、赤外線、可視光線、紫外線、X線、ガンマ線とある。モンシロチョウは紫外線が見えるし、ガラガラ蛇は赤外線が見える。

27.電磁波のなかで大気を通過できるのは可視光線と電波の一部だけだから、他の波長の電磁波を捉えるためには、大気圏外に出る必要がある。

28.ブラックホールは直接観測は不可能だが、周囲から渦を巻きながら流れ込むガスが高温になって断末魔の瞬間に放つX線をキャッチして研究する以外に手段はない。

観測の成果として、宇宙には二つのブラックホールが存在することが判ってきた。太陽の10倍くらいの質量で銀河系内の明るいX線連星のうちの一つがブラックホールになると、その伴星のガスを吸い込んで明るく輝いている様子が発見された。

もう一種は活動銀河の中心にあるブラックホールで、太陽の1億倍もの質量をもっている。これは周りのガスを吸い込んで、太陽の1000億倍もの質量をもっているため、活動銀河の中心核に次々と発見されている。なかでも、太陽の100倍程度の質量をもつブラックホールを私たちの銀河に比較的近い銀河に見つけたときは話題騒然となった。このような中途半端なブラックホールが予想以上にたくさん存在する可能性を、アメリカの「チャンドラ」衛星の観測でも示唆するデータを発表したが、ブラックホールの生成は依然として謎である。

29.ブラックホールの存在の端緒を発見したシュヴァルツシルトは「事象の地平面」という言葉を残した。天体の重力は質量が大きければ大きいほど、またその天体からの中心からの距離が近ければ近いほど脱出速度は増えていくが、結局は重い天体にどんどん近づいてしまい、ある距離に達すると、これ以上にない光の速度に達してしまい、天体の内側に閉じ込められ脱出不可能となる。何ものも脱出できない光(星)を次々に繋いでいくと、この天体を包む球面(広さを含め)ができあがり、どんな物体も光も星も急に姿を消すため、ちょうど船が水平線のかなたに消えていく状態となり、これを前にも触れたが「シュヴァルツシルト半径」という。ちなみに、彼の理論をベースに計算してみると、収縮した形は、太陽でも半径がたったの1キロ、地球がたったの1センチ、月が0.1ミリとなる。

たとえば、太陽の10倍の質量をもつブラックホールならば、半径が30キロメートルとなる。

ブラックホールに人間が近づくと、頭と顔とつま先に働く重力の差が大きいので、水飴のように伸びて引きちぎられてしまうが、このような力を「潮汐力」と呼ぶ。

30.1994年、シューメーカー・レビ第9彗雲が木星に衝突するという事件が起きた。しかし、衝突前に、木星からの潮汐力によってたくさんの破片に引きちぎられていた。

31.ロケットが大気を飛び出すときに体にかかる重力は最大で6Gであり、11Gでは失神してしまう。ジェットコスターの最大Gは5Gくらい。スペースシャトルは加速度3G内に設計されている。

32.1984年、アメリカの調査隊によって南極大陸で発見された隕石は火星に小惑星か彗星が激突したとき、地殻の一部が引き剥がされて、1万3千年前にたまたま地球軌道と交差し、地球大気圏内に侵入、南極に落ちたと推定された。これが火星からの隕石であると判ったのは、隕石の組成が二酸化炭素、キセノン132、クリプトン84、ネオン20などの成分で、アメリカの火星探査機「バイキング」が後に採取した火星大気と二酸化炭素に対する希ガスの比率が同じだったことで知れた。

33.生命体(バクテリア、原始生物を含む)の可能性は火星のみならず、木星の衛星「エウロパ」と、土星の衛星「タイタン」にもあり、いずれ確認されることになろう。

34.スペースシャトルを最初に考案したのはヴェルナー・フォン・ブラウン(1912-1977)で、第二次世界大戦時だった。米国の現在のスペースシャトルは彼の主張にしたがって2000トンの重量で創られている。米国のフリーマン・ダイソンは日本の一年に一回という小規模シャトル計画を「Small but quick is beautiful」と評したという。

35.衛星打ち上げ計画はドイツは「テトラ」と「アストラ」、イタリアは「プローラ」、フランスは「アンジェル」、オランダは「エオルス」、他には中国がアメリカの手法をパクって独自の計画をもち、さらに民間企業による計画も少なくない。

36.日本人は西欧人ほどには宇宙への夢をもたず、語らないが、理由は日本人は得にならないことに関心をもたないからだ。縄文時代以来、日本人は長い期間、自国内のことにしか関心を払ってこなかった。ペリー来航後は、西欧に負けたくない一心で、西欧文化を真似、列強の仲間入りをすることだけに意を用いた。日本人は精神的にレベルが低いと指摘されたこともある。我々は日本文化を見直し、世界を見つめる日本独自の哲学を構築する必要がある。

以上、作者は青少年とのQ&Aをベースに本書をまとめただけに、きわめて解かりやすい内容となっているが、「シュヴァルツシルトの半径」だけは本書に図面まで描かれていながら、それでも解かりにくい。

また、作者は衛星の打ち上げ、宇宙開発を盛んに鼓舞しているが、国の借金が鼠算のように膨れあがって、国民一人あたり650万円に達するという現状との整合性をどう考えているのかという疑問が残った。

皇太子ご夫妻を迎えて天文学の案内をするときの駄洒落の話はよけいな部分で、本書の内容にはそぐわない。


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