宮尾登美子の作品

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書評:ためいき色のブックレビュー-蔵
       (上の写真は「蔵」)

 「宮尾登美子の作品」

 宮尾登美子という作家の存在を知ったのは1994年のこと、「蔵」という新聞に連載された作品でだった。

 なによりも、生まれ育った土地でもないのに、新潟の、しかも古めかしい方言を学んだ姿勢とそれを操った達者な手練手管、筆致の確かさに痺れた。

 正直にいうと、それまで女性作家の作品を読んだことがなかったのだが、以来、この著者の作品にのめりこみ、当時、図書館にあった全集をすべて読み尽くし、新しい作品が発表されれば必ず入手して読んだ。

 櫂、鬼龍院花子の一生、序の舞、きのね、岩伍覚え書、菊亭八百善の人びと、朱夏、春燈、仁淀川、連、陽きなどなどがそうした作品群だが、方言を駆使した会話体、長ったらしいセンテンス、人間(とくに女という性をもつ動物)への飽くなき追求には、「もう降参です」と叫びたいくらいのアクの強さがあって、喉元まで上がってくるほど腹いっぱいに味わった。「長ったらしい」といったが、ワンセンテンスがいくら長くても、よろめくことも、ゆらぐことも、破綻をみせることも、乱れることもなく、読み手を引っ張っていく力は見事というほかはない。

 「好きな作家は?」と尋ねられれば、ためらうことなく、「好きな作家は数々あるが、まず第一に宮尾登美子」と答えるようにもなった。

 「なめたら、あかんぜよ」という高知の方言は、当時、流行語になったが、この作家の作品を英訳しても、文体のもつ個性的で、きらびやかな流れ、日本の地方にかつて存在した保守性の強い男女関係や彼女の父が職業としていた「女衒」(ぜげん)とその周辺までは伝えきれないという気がする。

 彼女の処女作が何だったか忘れたが、売れなかったため自費出版を決意、数十冊の書籍すべての表紙に布を張る作業を手づから行い、これを友人、知人に配ったと聞く。この書に接したとき、私は同じ作者の他の作品を手にしたときより深く感動したことを記憶している。未熟な部分を秘めながらも、地響きたてて迫ってくるものがあった。と同時に、この作家の将来の成功がありありと見えた気がした。

 処女作とはだれもが肩肘張りつつ書くことに没頭するため、ときに川でいう堰のようなものをつくってしまったり、文の流れのなかに未熟ゆえの突起物ができたりして、読者をつまづかせもするが、それが逆に読者に対して深い印刻作用となることがある。つまり、つまづきにぶつかったとき、強烈なパンチを顎にくらったような印象がある。その本にも例の長々しいセンテンスのなかにそうしたぎくしゃくがありつつも、最も宮尾登美子らしい作品に結実していると私は思っている。この作家の置かれていた「抜きさしならぬ環境」が特異な作品を創造する原点になったのだということも納得させられた。

  

 文章の中には真似のできる文章とできない文章がある。宮尾登美子作品は真似のできない文体として完成している。日本の生んだ稀有の文章家といってもいいすぎではないだろう。

 ただ、「クレオパトラ」を読んで以降、この作家の作品に接することをやめた。偏見かも知れないがこの作家とカタカナ言葉とは相容れないと私は思うし、この作品が上に記した作品を生んだ同じ作家のものとはどうしても思えなかったからだ。 (もっと若いときに書いていれば、また異なった印象を与えたかも知れないが)

 上記した作品群はどれもに読者を引っ張り込むパワーと最後まで一気に読ませきる抗いがたい魅力が充ち充ちていた。私はそうした力を「クレオパトラ」には感じない。 内容的にもあまりに軽すぎる。以降、「宮尾さんはもういないのだ」と思うことにしている。

 

 申し訳ないが、NHKの「義経」は見る気がせず、本を手にとる意欲もない。


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