宮本武蔵 最強伝説の真実/井沢元彦著

  • このエントリーをはてなブックマークに追加

「宮本武蔵 最強伝説の真実」  井沢元彦著
小学館文庫 2007年1月文庫化初版

井沢元彦が「武蔵を採り上げた」から読んでみようと思っただけで、宮本武蔵にさしたる関心も興味もない。

結論から先に言うが、井沢元彦はこういうものに触れ、推敲、思索のエネルギーを無駄に使い、彼自身の個人的なイメージを変容させるべきではなかった。あまりにも、井沢元彦が扱う対象にしてはスケールが小さすぎる。思考を傾けるべき対象を間違えているのではないか。

剣で身を立てる考え方そのものが、幕末の「お玉が池の千葉道場」以外、経営的に成功していない。日本の封建時代の社会においても剣に強いことに、それほどの意味がなかったことを暗示している。第一、宮本武蔵自身が関が原の戦で何の武功もたてていない。

だいたい、作者自身が指摘しているように、「兵」のことも、「兵を使う武術」においても、剣は一回の血糊で使いものにならないという道具。徳川時代は、「武士の魂」あるいは「美術品」として珍重されただけであり、ペリーの強引な日本開港後、日本における銀の価格が世界平均より異常に高かった事情を巧みに利用され、骨董品、浮世絵に混じって、多くの剣、鍔、鎧、甲冑、印籠、屏風などが銀で買い取られ、西欧にもっていかれた。

古来、世界で名を馳せた強力な軍団はモンゴル軍のように騎馬を使いつつ弓矢や投石器を使うか、マケドニアのアレキザンダー大王のように兵に長槍をもたせ、分厚い隊を組んで敵陣に立ち向かうかのいずれかであり、日本の戦国時代ですら、武勲を挙げた武将は例外なく槍の使い手であって、剣の使い手ではない。

剣で誰が強かったかを考えるのは、エンターテイメント小説なら理解可能だが、囲碁で誰が強かったかを考える以上に無意味であり、史上、枝葉末節の部類に入る。歴史に思考の大半を傾ける人間にとっては、小遣い稼ぎというより、時間の無駄というしかない。

所詮、宮本武蔵は作者が言う通り、吉川英冶が戦前に新聞小説として書き始めたのがきっかけで、多くの読者を得、一躍、その名を天下に轟かしたという経緯があるものの、宮本武蔵その人についての資料も文献も僅かにしか残っていず、それだけに、吉川が自由にフィクションして小説化し、一般の人が脳裡に描く人物像を決定的なものしたというに過ぎない。

「司馬遼太郎jは武蔵はいわば緩慢なる悲劇の人」と言ったという話の方が説得力があり、かつそのコメントだけで十分だった。

吉川英治はこれを新聞紙上に小説として載せたが、当時は一段格が低かったのを、宮本武蔵のおかげで、新聞小説の地位をワンランク上げることに成功したとの話は初耳だった。そのくらいが、本書を読んでの収穫といっていい。

「五輪書の翻訳を読んだ外国人にとって、日本のサムライは解るが、公家(貴族の存在)が解らないという。しかし、イギリスだって、貴族の富者とナイト精神とはちょっと違う。

フランス人は武家の禁欲的なところは受け容れたが、オカマタイプのところはどうだったのか。(武蔵が男色だったという憶測のほうが真実に近く、フランスではそのほうが受けたのではないだろうか)。

とはいえ、井沢元彦は外国人がどう見るかについて触れているが、実は外国人がどう見るかなどはどうでもいい。すでに歴史を書くことで名を成した人間があえて採り上げ、一冊の書として残すに足る内容だったかどうかを井沢フアンのために謙虚に考えて欲しい。

帯広告で女子プロゴルファーの「古賀美保」に「最も尊敬する宮本武蔵の凄さがよくわかりました」などとコマーシャルを入れるのは、「これが井沢元彦の作品だと」思えば、鳥肌が立つし、古賀美保にとってもイメージのダウンにしかならない。「おまえバカか」と怒鳴りたくなる。

新撰組の田舎者が剣術を習い、世の中が鉄の軍船と大砲、銃の時代に、兜首を斬る作法を学んでいるという時代錯誤、「武器」というものに関する正しい知識すらなかったのが幕末の混乱に決定的なイメージを示唆している。

個人の剣の優劣が社会に影響を与えるなどということは金輪際あり得ず、本人にとっても、フアンにとっても、きわめて個人的な自己満足の域を出ない。要するに古今の剣豪をピックアップしてどちらが強いかなどと考えること自体に意味はなく、時間の無駄であり、剣を語るのなら、あくまで精神性をベースに、個人的な信仰、陶酔の範疇のなかで処理すべきではないか。


前後の記事

One Response to “宮本武蔵 最強伝説の真実/井沢元彦著”

  1. hanachan-234 より:

      イメージが、ガタガタと崩れる時ほど
       悲しいものはありません。
     何事も最初から美化しない・・・・と、 
     醒めた目?冷静な目???で見るようになってはきました。
         年月がそうさせたのでしょう。。
     
    **コメントをありがとうございました。
     私もインドネシア語の単語を忘れてきました。
       使わないと こうなるんですね。

現在はコメントを受け付けておりません。

サブコンテンツ