岳物語/椎名誠著

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岳物語

「岳物語」 椎名誠著
1985年に集英社より単行本初版
同社より文庫化初版1989年9月/これまで57重刷

 

 この作者の著作は、「バリ島横恋慕」から始まって、南米を書いた「真昼の星」(2005年12月18日書評)、「インドでわしも考えた」(2006年8月1日書評)、「風のかなたのひみつ島」(2007年2月22日書評)、「くねくね文字の行方」(2007年5月17日書評)と続き、今回は上記著作の書評となった。

 私がこれまで知っていた作者は海外への旅をノンフィクションとして書く姿勢に徹していたので、初期、中期の作品に接していないなかで本書との出遭いは心理的に唐突だった。

 本書は「岳」というのは著者の長男、当時小学生を主人公に、男同士のはにかみや、互いの沽券や、他人行儀な雰囲気や遠慮が、男の子を見守る男親でなければ書けない内容となっていて、文学的な香りが高い私小説と言っていい。そして、いずれは男同士の葛藤や相克が、どのような形でかは別に、始まるだろうという予測を読者に予感させもしている。

 著者の最近の著作にはハチャメチャな造語や仰々しいまでの灰汁の強さが文章に滲み出ていて、それはそれでこの作者の一面であり、面白いところではあるが、本書にはそういったキャラクターがオブラートに包まれ、一環して品のよい文章で纏(まと)められている。この作者がこうした文体で一冊の書を書きおおせるとは、これまで、夢思ったことがなかったが、それは私の不明というものだろう。

 ただ、子共の友人の母親が「岳」が家に来るたびに金や物を盗んでいるという話を耳にして、教師がそれを100%信じこみ、「岳」が盗みの張本人にされる話が出てくるが、これに父親としての作者が猛然と抗議しない姿が腑に落ちず、納得がいかない。何故、関係者全員を一同に集め、徹底して真実を追究しないのか、このあたりのまとめ方がいい加減な印象は拭えず、読者の胸にしこりを残す。むろん、父親としては、それでは「岳」が可哀想ではないかという心情からだろうが、もし私が彼の立場にいたら、決して沈黙を守ってはいない。たぶん、作者のほうが私より大人なのだろう。

 子共が学校の勉強などに興味をもたず、専ら、自然との一体感に心を奮わせる姿、子共の行動に難癖つけずに、黙って見守る父親は印象的だった。


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One Response to “岳物語/椎名誠著”

  1. cornervalley より:

    椎名誠の本は、学生時代に多く読んでいたのですが、紀行ものから読み始めたので、岳物語を始めて読んだときは、同じように少しショックでした。
    紀行文での、ハチャメチャ振りとは、うって変わって静かに子供を見守る親。
    そんな椎名誠の姿が岳物語から伝わってきます。
    自分自身が、子供たちを見守る立場になってみて、本に書かれた父親のように、あれこれ言わず、子供を見ることの難しさを感じています。

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