帰化人と古代国家/平野邦雄著

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書評:ためいき色のブックレビュー-帰化

  「帰化人と古代国家」  平野邦雄(1923年生/文学博士)

  2007年4月20日 吉川弘文館より単行本初版  ¥2,300

 学術書であることを承知で入手したものの、段々に辟易というより腹一杯になってしまい、とりあえず、理解できた部分だけでも、ここに記しておきたい。

 *当時、「帰化」の対極にある言葉が「虜獲」。

 *わが国で帰化が波状的渡来を記念する時期はそれぞれ4世紀末、5世紀末から6世紀はじめ、そして7世紀後半、いずれも朝鮮半島における戦争に由来。

 *当時の朝鮮半島は国内的にも人民の移動がはげしい。畿内の大和政権は大量の帰化人を勢力圏に置いた。新しい知識と技術をもたらしたから。つまり、この国と朝鮮半島とはかなり昔から、かなり友好的なつきあいをしていたということだ。

 *大和政権の成立は4世紀と6世紀のニ説あって、一定しない。支配関係の内容についての規定が曖昧だから。

 *西暦500年まで、新羅との関係には「交戦」があり、百済との関係には「通交」があったという記述がある。

 *370年前後、高句麗の脅威に対抗すべく百済は倭国との通交を切望。倭人、倭兵は百済の要請に応じ、4世紀後半頃からしばしば新羅に侵入した。東西と南北には大和政権の基地すらあった。

 *百済は大和政権と手を組み、大和政権自らも高句麗と激しく戦ったが、高句麗の軍事力に対抗できず、敗退。(その後、百済から多くの人間が倭国に帰化したものと想像される)

 *中国の「宋書」によれば、当時の倭は「武、潜、珍、興、潤」の五王ありとある。そして、[武」が王中の王としてその地位を確立していったものと思われる。「武」は雄略天皇を示す。

 ここまで読んだだけでも、日本が韓国と昔から深い関係にあったことがわかる。

 ちなみに、高句麗が現在英語になっているKoreaの語源である。

 


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