平成海防論/富坂聡著

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平成海防論

「平成海防論」 富坂聡(1964年生/フリー・ライター/北京大学留学経験者)著
副題:国難は海からやってくる
帯広告:アジアの海の派遣を狙う中国、海洋資源争奪戦の激化
2009年12月20日 新潮社より単行本初版 ¥1400+税

 絶妙のタイミングというべきか、民主党が腰砕け外交に終始したとたん、本書が目に飛び込んできた。「中国という大難」という言葉とともに。

 官僚が勝手に漁師を釈放したのだとすれば、それこそ違法行為だし、政治的な判断のない外交上の決定などあり得ない。現政権に外交上の判断能力がないとして、官僚が勝手な行動に出たとすれば、現政権はいったい政権の名にふさわしいのか?

 尖閣諸島で中国漁船が海保の巡視船に体当たりして逮捕されたあとの中国政府の居丈高ともいうべき姿勢に接し、私個人は即座に「尖閣諸島から遠くない、日本最西端の島、与那国島に自衛隊を配置すべきだと思ったが、与那国島への自衛隊派遣のアイディアは自民党時代に出たことがあったことを本書で知った。ただ、残念ながら、その後、その話がどうなったのかについては説明がなかった。

 「中国は大陸棚延伸論を持ち出すけれども、ヴェトナム、マレーシア、フィリピンには同じ理論を認めようとしない」
 (南シナ海の西沙、南沙にも尖閣諸島と同じ問題が存在し、未だに解決されていない。)

 「島国で海岸線が多いという事実は海外からの不当で不法な接近、接岸、入国を誘発する」。
 (北朝鮮による拉致事件はその好例であり、日本の海岸警備の甘さは厳しく指弾されていいのではないか。当時、あれだけの数が拉致されていながら、まったく北朝鮮の気配に気づかずにいた当局は警戒するようにとの注意喚起すらしていない)。

 「日本のもつ領海、排他的経済水域の面積は約417万平方メートルで、世界で六位の広さ」
 (であるが、それに見合う海防の展開を日本政府はやってきていない。そのうえ、海のもつ資源としての価値に対する調査いいもいい加減で進んでいない)。

 「海保にはマラッカ海峡でフィリピン、インドネシア、マレーシアなどの水上警察力を支援してきた実績がある」
 (だったら、利害を共にするこれら3か国とヴェトナム、インドなどを加え、連携し、中国に物申すという政治的な判断があってもよかった。日本の外交はいつも後手後手という印象)。

 「海保は『領海警備』という法が成立する前まで、漁業法という拘束のなかで動いていた」
 (守備範囲の広さから考えて、信じられない政治的判断)。

 「主権が及ぶ海域について、日本やイギリスは12海里としているのに対し、中国は200海里を主張している。海洋先進国の日本やイギリスは自由な海は広いほうがよいと考えている」

 「捕鯨調査船の目的は一年に1千頭のクジラを捕ることだが、日本の倉庫には鯨肉が山積みされたままになっている」
 (一部がレストランで供されていると仄聞するが真実か否かは判らない。たかが捕鯨調査という名目で1千頭も捕獲していたことは知らなかった。それで、このザマでは、シーシェパードがクレームを言ってくるのも判る気がする。私自身も鯨肉には関心がないし、食べたいとも思わない)。

 

 本書は私が帯広告から期待した中国の海への覇権主義についてよりも、ラデン湾、マラッカ海峡、南極における調査捕鯨船などに関する海賊的リスクなどにより多くのページが割かれ、期待したほどの内容ではなかったというしかない。むろん、本書が上梓されたタイミングからいって、その時点で著者が今回の事件を知るわけもなく、中国の反応や日本の対応について、あらためて意見を聞いてみたくなった。

 中国の軍事力は日本が長年借款希望に応えているあいだに巨大化してきたことで、それが将来どういうことになるか、政治家なら予測できたはずだ。アメリカは日本の腰砕け外交に賛同、評価したというが、それはアメリカ自身が中国とことを構えたくないという経済状況にあるからだ。

 外交や外交的発言を強めるためにはなによりも軍事力であり、軍事力のアップこそが外交を展開する上での最高の背景になる。自衛隊などという Self Defence しかできないものに依存しているからバカにされ、舐められる。まずは、自衛隊は「正規の軍隊」に名を改めることだ。外交はきれいごとではすまないことを、今回の事件で学ぶべきではないだろうか。人間とはそれほど狡猾で汚い動物である。


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