快楽の封筒/坂東眞砂子著

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「快楽の封筒」  坂東真砂子(1958年生)著
集英社文庫
2003年単行本  2006年1月文庫化初版

 本書には8つの短編が収められ、いずれも女の立場から官能世界を描く点で一致しているが、出版サイドがいう「官能の極みを描く」というより、男女の出遭いから体の関係にいたるまでの過程に独自性があり、その独自性を評価するか否かが鍵であるように思われる。

 作者が、想像だが、男の汗に極端な嗜好を持っているかに思えたが、女の性に関しては、まだ青いという印象が拭えない。

 文体は一貫して男性的で、テンポに緩みがなく、もってまわった言い回しや表現がない点、清々しい。

 作品を全体的に評価すると、構成に奇を衒(てら)った感じがありはするが、そこに他の作家にない個性が感じられ、印象的な作品に仕上がっている。ただ、短編の5番目「アドニスの夏」は、15歳(中学二年生)の女の子が叔母の生活するフランスに母と妹と一緒に出かけ、散歩中に川岸で釣りをするフランス人少年に固執、言葉の交換が一切ないまま、体の関係を結ぶという物語には面白味はあるものの、現実感からは遠い。また、「二人の兵士の死」では二本の指が女性性器のなかで死ぬという話はやや不可解で、想像力が従いていけない。という以上に「つくりもの」のイメージが濃く、読者をシラけさせかねない。

 短編の最初に出る「隣の宇宙」と、最後に出る「快楽の封筒」は続きものになっていて、これが出色の出来を示し、最も印象的だった。

 作者はどうやら「一夫一婦制」という人類が創り出した制度への疑問を抑えがたく持っているらしく、短編の「母へ」では、主人公の女性が母に対する手紙という形を採りつつ「自分が歩んで来たつまらない人生を娘の私に押しつけないで」といい、現代女性は、むかしの親なら異口同音に口にしたであろう「ふしだらな女」であり、「ふしだらな性生活を送っている」という独言からは、2006年6月に書評した「ポリアモリー/恋愛革命」を想起させられた。もっとも、ふしだらな性生活を送れるのは夫婦単位のときだけで、子供ができ、家族が単位として安定すると、「ふしだら」のもつ良さも失われてしまうのだが。

 なお、この著者の作品としては「夢の封印」も2005年9月に書評している。


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