恋情/勝目梓著

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恋情

「恋情」 勝目梓(かつめあずさ/1932年生)著
2002年文芸社から単行本で初版
2006年2月講談社から文庫化

 

 この本を手にした理由は、ほかならぬ前回のブログで「幼児化されたヒト」を読み、書評を加えた疲労感からである。「恋情」という文庫本を見るかぎり、タイトルもピンク、帯広告もピンクで、しかも「時を経て燃え上がるエロチックな世界」と書いてあり、表紙には若い女が太腿、肩、腕、乳房を半分見せながら、湖のような青を背景にいかにもそれらしくすわっている。

 すかさず、頭が痛くなる本を読んだあとに、さらっと読めるエロ本だと思い込んで手にした。

 ところが、思惑と違い、本書は70歳を越える人が書いたものとは思えぬほどの、構成の妙と、しっかりした文があり、エロというほどのものは感じられない。

 若いときの男の「性の青さ」と「老いらくの恋」が、それぞれの年代の差を日記風に書くことで、いずれも別の時代でありながら、生き生きと活写され、そして、長年連れ添った妻に唐突に離婚を突きつけられる現実、女が22歳のときに知りあい、10年後も交際を続けている相手の女に別の若い恋人がでたことを知ったとき、七十歳という老いへの自覚が卑屈なあきらめに己を導きながら、胸には嫉妬がくすぶり、妄執が脳裏を埋める、そうした老人心理が見事に描かれている。

 もう一つの「突然消えた初恋の女と50年の歳月を経て偶然再会する奇蹟的な物語」も、読者を途中でほうりだすようなことはなく、さいごまで引っ張っていく筆力、自分がその歳になって、こうした文章が書けるかどうか正直いって自信はない。

 筆者がときに「ジェラシー」とか「ラブラブ旅行」とか、「ホットなセックス」とか、そういう言葉を使う一方で、「プラトニックラブ」、「トラは死んで皮を残す」、「ぐーの音も出ない」、「据え膳食わぬは男の恥」など、ふたむかし前以上の、いまではほとんど死語に近い言葉が混在することに懐かしさとともに年齢相応の抜きがたいものを感じる。

 この著者が書いた文章のなかから、記憶に残った言葉を列挙すれば:

 1)人生は常に厄介なクイズに満ちている。

 2)この世の出来事はすべて泡沫(うたかた)だ。

 3)愛欲には恥も外聞もない。

 4)老境とはあらゆる希望が自分から遠去かっていくことに甘んじることを強いられる境遇。

 5)長崎県の伊万里湾に浮かぶ「鶴島」では「女陰」のことを「チョンべ」と方言でいう

 6)老境に達すると、好色の思いはみなぎるほどあっても、女を性的に満足させるだけのパワーの実質が欠けている、その事実の決定的な負い目。

 本書には、著者が若いときに経験した炭鉱の様子がまるで映像を見ているように内部の様子や労働の過酷さが鮮明に写しだされていて、そうした部分も棄て難い。

 また、一方で、本書は自叙伝であり、七十歳の男が三十二歳の女を抱いていることに「羨望」を感じない初老以上の男はいないだろう。著者の気持ちに対し「同感」とともに、古女房には愛想をつかされ、若い女には新しい男とともに去っていく決別への道が待っている。「ざまぁみろ」という気持ちが芽生えたことも他の読者と大差ないだろう。


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