怖るべき子供たち/ジャン・コクトー著

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おそるべきこどもたち

「怖るべき子供たち」 ジャン・コクトー(1889-1963/フランス人)著
訳者:東郷青児
1953年3月30日 角川書店より文庫化初版  ¥362+税

 

 作者は子供の頃から天才的詩人として知られ、「時代の寵児」と謳われた人物。

 本書はローティーン数名を主人公に、まるでフランスの大人社会に反抗するような、同性愛あり、毒物あり、角逐あり、騙しあいあり、誘導、誘惑あり、強制あり、といった、きわめて特殊な狭い世界を舞台に演じられる、一般の常識人にはちょっと理解しがたい展開ととも、反社会的な世界が描かれている。

 翻訳が画家の東郷青児によるというのが意外な感を与えるが、東郷は「自分の子供の頃の秘密が暴露されそうな恐れを抱き、狼狽した」と「あとがき」に書いている。この「あとがき」自体が私の理解を越えている。

 「フランスらしい頽廃と陰湿さに彩られ、狂気に裏打ちされた作品」だと言って書評を締めくくりたくなるが、それは抽象的な表現のなかに数多くの比喩、暗喩、隠喩が混在し、しばしば理解を超え、立ち止まらざるを得なくなるからで、逆の立場からは「コクトーの詩的表現が理解できない」という無能を披瀝することにも繋がる。

 お門違いを覚悟で言えば、本書ほど毀誉褒貶の波に浮かぶ作品はないのではないだろうか。ごく常識的な人にとって、作品の底辺に異常感覚こそ窺えても、明るい未来を約束し、心に沁みるような詩情は感じられないからだ。

 あるいは、麻薬中毒の人間がさながら夢遊病者のように彷徨(さまよ)っている作品だと批評することも可能だが、作者の神経が鋭く、かつナイーヴであることは理解できる。

 石川啄木の「われ泣きぬれて蟹とたわむる」を、「いい歳をしたおっさんが何やってんだ」と嘲笑するのか、「なかなかいい詩だ」と感嘆するのかと同じように、本書を読む人の感性次第で、差異の激しい印象に分かれる可能性があることは否定できない。


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