愚問の骨頂/中原英臣&佐川峻著

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「愚問の骨頂」 中原英臣・佐川峻共著
新潮新書  2005年4月初版

 

 内容に関しては、愚かな問い、賢い問いが、どのような発明や発見を導いたか、あるいは導かなかったか、「問いの仕方」次第で、結果が極端なことになることを、具体的な例を引いて説明されており、学ぶことが少なくなかった。

 もし問題があるとすれば、「序文」に周到さと緻密さが欠け、説明が雑把だったために、危うく読むことを放棄しそうになったことで、どうせ書くなら、もう少し配慮のある序文を書くべきではなかったかと、そのあたりだけがきわめて遺憾。

 たとえば、「英語に自信のなかった自分だが、Yes と No をはっきりしたために、アメリカの研究所で失敗しなかった。日本人の欠点はYes、Noが不明瞭であることと、主語をはぶくことだ」と、そのことだけをあまりに簡単に言い切り、かつ「尻切りトンボ」に終わってしまう解説に、アメリカで仕事をしていたことのある、日本人の一人である私としては神経を逆撫でされたような感じをもった。

 日本人にとって英会話におけるYESとNOがいかに難しいかは、互いの言語構造の相違にあり、たとえば、リンゴの好きな人に対して、「You don’t like an apple, do you?」などと尋ねられた場合に、即座に「Yes, I do」という返事が出てこないからであって、序文にあるような単純な肯定、否定ではないからだし、日本人社会における相手への思いやりが曖昧さを助長する側面にも触れるべきだ。また、主語をはぶいても会話が成立する日本語のすばらしさについても言及すべきだし、むしろ、主語のことをいうのなら、英語には人物主語を意味する言葉は「I」「You」「He」「She」[We]「They」しかないが、日本語では相当数の言い方があり、日本語の語彙の豊富さについても触れなくては片手落ちではないか。日本語は主語が欠けても、会話ができる言語体系をもっている点に特徴があり、そのことを誇っても、卑下する必要はまったくない。

 外国に出向して仕事をする人なら、基本的な文法は知っているわけで、日常に経験する会話のなかで、郷に入れば郷に従い、次第に言語の相違に慣れ、間違いが減ってくるものである。要するに、アメリカ社会で生活したり、アメリカ人と会話するときに、頭を切り替えられ、構えをしっかり持つことで解決できることだ。このあたりに対する配慮がないために、私としては少なからず、噛み付きたくなる衝動を抑えきれなかった。

 余談になるが、むしろ、問題にすべきは、外国人による日本国内での犯罪者が急増し、府中刑務所(だったと思うが)での服役囚の2割近くが外国人で、日本の刑務所としては国籍の異なる外国人のもつ文化を理解し、適切な対応を考えているという事実ではなかろうか。それは「日本人の温かさ」といえば格好がいいけれども、逆に日本人が海外で服役した場合、日本文化を理解してくれ、適切な対応をしてくれる国などはほとんどないというのが現実だ。日本の警察や刑務所が甘く見られる理由はそのあたりにあることを知るべきである。

 過日も、TVでロシア船が北海道に犬を連れてきては、陸地に放してしまうため、首輪のない犬がうろうろしている映像を流した。係官の、「いくら注意しても聞く耳をもたぬロシア人船員を逮捕できない」という話には「自己主張できない日本」と同時に「外交に自国の権利を主張する根性の欠落」を感ずる。日本の船はほんの少し領海外に出ただけで拿捕され、莫大な金を要求されるというのに。ちなみに、世界で最も狂犬病の多いのはロシア犬だそうで、かの国には狂犬病の予防注射をする義務がないとのことだった。隣接する中国、モンゴルなどでは、ロシア犬に噛まれて死んだ人がかなりの数に昇っているという。ロシアの新しい首都、サンクトペテルブルグではどうなのか、そのあたりまでは知らない。

(発展途上国ではほとんど狂犬病の予防注射の義務はない)。

 序文へのクレーム以上のことまで記してしまったが、本書の内容の価値を否定するものではない。

 とくに、記憶に残ったのは、かつて日本陸軍の軍医をやっていた文豪、森鴎外と「脚気」という病気のことである。それは、森の「脚気と食事とは無関係である」との執拗な主張のために、多くの兵士が戦時中に脚気で死んだ事実。日清、日露で死んだ兵士のうちおよそ半分は戦争ではなく脚気で死んだという。海軍は早くから食事内容を変え脚気から救われていたのに比べ、陸軍は森鴎外が1922年に死ぬまで脚気に苦しんだという説明には唖然とした。

 この人物については、以前にもブログで紹介しているが、私は基本的にあまり好きではない。インテリ然として、三島由紀夫と同様、擬態語、擬声語を軽視する姿勢が気に入らなかった。なぜなら、擬態語や擬声語の多い言語、日本語や韓国語はそれを会話や文章に有効に使うかぎり、外国語にない表現が可能だと思うからだ。たとえば、同じ作家の林真利子がむかし創った「ルンルン」などはセンスが良く、春の季語にしたいくらいに思った。といって、林真利子の作品を面白いと思ったことはあっても、優れていると思ったことはないけれども。

 また、スギ花粉症の原因が杉そのものよりも、ディーゼル車の排気ガスに含まれる粒子状物質のほうにより強いという話も初めて知った。

 本書は老人の介護問題についても触れているが、私はこの問題は戦後のアメリカナイズされた核家族化と、それによって起こった少子化に根があると思っている。以前、本ブログで、ある著者の言葉、「人口の爆発的増大のキーはおばあさんの誕生にある」を紹介したことがあるが、核家族化は世代の異なる祖父母、両親、子供の三世代が生活を共にすることを阻むシステムであり、子育てのアドバイスや、代わって幼児の面倒をみる人間の不在を結果する。発展途上国に行ってみればすぐ判明することだが、家族に見捨てられた老人だとか、子供にケアされるのは迷惑をかけることになり、それがいやだという老人の話は聞いたことがない。貧は家族を大切にする心を育て、冨は家族間で相続する遺産や金への関心は高めても、一方で冷淡な関係を築くのではないか。また、兄弟姉妹の数が少ないため、むかしは存在した家族間での社会構成が欠落してしまっている家庭環境にも問題がある。

 老人をケアする日本人が少なくなっている現実の打開策として、日本政府はフィリピン人やインドネシア人を呼んで、老人の世話をする案を発表しているが、かつて欧州各国がギリシャ、イタリア、トルコのほか、植民地化したことのある国などから人を呼んで3K仕事に就労させた頃のことが想起される。当然といえば、当然なのだが、仕事が欲しくてやって来たかれらが、呼んでくれた国の人と結婚するチャンスが生まれ、子供ができ、結果として、どの国でもいまや人口の20パーセント前後が外国人だという環境に支配されている。善悪と比率は別にして、同じことが日本でもいずれ起こるであろう。

 私の知己にフィリピン女性と結婚している男がいるが、フィリピンの家族、親類から「金を送ってくれ」という連絡が絶えずあり、女房があまりにも真剣に、誠意をもって、必死に故郷からの要求に応ずる態度に彼自身は辟易している。フィリピン人は確かに家族に対して温かく、徹底していることが判る。この、日本との「逆転現象」とでも呼称したくなる現実をどう評価するか、それは各人各様の考えによるだろう。

 政府はいま消費税を上げることで、経済的に不足している部分への補充策を考えているらしい。他国に比較して、日本における消費税が極端に低いという事実はよく知っているが、なんでもかんでも西欧諸国の真似をすればいいという問題ではなく、庶民に負担をかけるだけの方策では国民は納得しないだろう。消費税の高い国は、ほとんどが医療費はすべて負担ゼロであり、そのため、考えられないほどの数で患者が病院に列をつくる。結果、金を払ってもいいから、はやく診てもらいたいという人間からは反発が起こる。

 私見だが、まえにも言ってることだが、消費税は庶民とは無縁の高額商品により高くあるべきで、庶民にとって日々の生活に直接響くような消費税では、その負担に喘ぐことになるだろう。また、可哀想だからと、外国の貧民に与える金があるのなら、介護経費に窮している日本に回せばいいのではないか。自国の民を困らせてまで、他国の民を支援するというのは、ちょっと筋が違うような気がする。

 「健康寿命」という言葉を学んだ。これは「寝たきりの老人が増えている現状から、寝たきりになる前までの年齢をいい、2002年のWHOの調べによれば、日本人の健康寿命は女が77.7歳、男が72.3歳になるらしい。つまり、寝たきりになる可能性が女に7年間、男に6年間あるというのが根拠になっていて、寿命が延びることが、そのまま喜びや幸福を示すものではないということ。

 さらに、生命は細胞分裂することで保たれ、分裂が止まったところで死がやってくるという話。これはアメリカのヘイフリックによる実験で細胞の分裂の回数は、途中での事故死、病死、自死、殺害などがなかったと仮定して、必ず50回であり、50回くりかえされた時点で、細胞は死を迎える。これを「ヘイフリックの限界」というそうで、初めて知った。ただ、一回目の分裂から二回目の分裂までどのくらいの時間がかかるのか、人によって異なるのか、そのあたりの説明はなかった。一方、驚いたのは「癌細胞の分裂は無限」という発見で、この発見が人間の寿命をさらに延ばすなんらかの発見に繋がる可能性が示唆されている。

 本書でも、戦前に八木氏が発明した八木アンテナに触れ、レーダーはイギリスの発明によるものだが、そのレーダーからの発信を太平洋戦争中にアメリカが八木さんの発明したアンテナを改良し受信することで、日本軍の動きを事前に察知したことや、そのアンテナに関して日本陸軍はまったく無視していたために、情報戦に完敗したこと。

 また、アメリカ軍は高射砲に特殊な信管(イギリス人の発明)をつけることで、弾丸の爆発時点を敵機から最も近いところで行うことができるようになっていたという。 なお、八木アンテナは現在でも受信に使われているほど、優れた性能をもっている。

 おもしろい話が詰まった本だが、著者の主張は「適切な問いさえあれば、問い自体のなかに解答がある」ということで、そうした事例を様々な分野にわたって解説している。


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