放浪記/林芙美子著

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放浪記

「放浪記」  林芙美子(1903年ー1951)著
1929年「月間誌・蒼馬を見たり」と重なっている部分がある
1951-1953年、新潮社から「林芙美子全集」として全23巻が発刊
1979年 新潮社 文庫化初版、今日まで49回の増刷
 

 私が本書に関心を示した最大の理由は、このテーマのもとに、森光子が何度となく(2000回を越えて)舞台で芝居を披露したこと、その心情的な固執がどこにあるのかにあった。

 本書は作者が世に出る出世作となったものだが、毎日の貧しい生活を日記にまとめたもので、そのためか、プロが書いた文章というイメージからは遠く、いかにもアマチュアらしい風情で文章を書きなぐった印象が強い。とはいえ、大正の中期から終期にかけての日本社会の貧しさはいうに及ばず、時代背景がじんと胸にしみてくることは確か。

 当時としては、稀有ともいえる文学少女だったことを示すように、チェーホフの「かもめ」はもとより、ロシアの作家であるアルツイバアセフの「ランデの死」、スチルネの「自我経」、エミイル・ヴェルハアレの「世界」、クヌウト・ハムソンの「飢え」、シュニッツラアの詩、志賀直哉の「和解」、龍之介の「戯作三日末」、ルナチャルスキーの「実証美学の基礎」などを読んでいたことが日記から判断できる。

 本書に限っていえば、作者がもう少し高い教育を受け、文学の素養を身につけていたら、書き手としての才能がもっと洗練されたものになっていたであろう。

 それにしても、貧窮に喘ぎつつも、下女、女中、カフェの女給、地代を払ってのアウトドアショップなどの職業を転々としながら、身を売ることをせず(当時、女衒の手を通して海外に売られた女性は僅かではなかった)、必死に生きる姿は感動よりも、すさまじい生命力を感ずる。あるときはやぶれかぶれになったりして、世の中の不公平さに対し荒々しく悪態をつくが、そんな折に発せられる言葉の下品さは圧倒的で、呆気にとられるほど。

 作者は画家の男性に遭遇、その男との結婚が契機になって、放浪は終焉を迎えるのだが、その頃から原稿依頼も来るようになって、生活は安定したということらしい。

 500ページに近い分厚い本で、同じような愚痴や悲惨や物悲しさや憤怒が何度となく繰り返される場面には、正直いって、飽き飽きさせられたが、最後まで、森光子がなぜこの作品にのめったのかという真髄にはついに達することはできなかった。育った時代の同質性、相似の苦難などが両者に共通しているのかも知れない。


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