散るぞ悲しき 硫黄島総指揮官・栗林忠道/梯久美子著

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散るぞ悲しき
「散るぞ悲しき 硫黄島総指揮官・栗林忠道」
 梯久美子著 新潮社単行本 2005年7月初版

 
 本書を初めて書店で手にしたとき、思わず「masak」(マサッ)という言葉が胸のなかで響いた。Masakはサンスクリットを語源とするマレー語(インドネシア、マレーシアにおける共通語)で、意味は日本語の「まさか!」、語源は同じである。

 「まさか」と思った理由は単純で、本書が硫黄島を舞台として行われた日米間の凄絶な戦闘を軸に書かれたものであり、私の知るかぎり戦闘のありさまは文字どおりマレー語の「Norka」、「地獄の黙示録」そのものであるにも拘わらず、書き手が女性であるばかりか、1961年生まれという、戦争を知らない世代だったからだ。

 しかも、ノンフィクションとして、大宅壮一賞を獲得している。 そのうえに、数年前になるが、私にはアメリカ人の書いた「硫黄島」を読んだことがあって、その凄惨な戦いぶり、ばたばたと双方の兵士が倒れていく場面、あまりの苛烈さに神経がおかしくなって狂っていく海兵隊兵士の様子など、そうした光景のひとつひとつが鮮やかに蘇ってくる。

 未読の書籍がベッドの脇にまだたくさん積まれているのに、まず本書から読みだしたのは、そうした経緯があり、この著者がどのような観点から、独自の作品に仕上げたのかに強い関心をもったからだ。

 本書が硫黄島を扱ったノンフィクションではあっても、戦記物ではないことを読後に知った。戦記物だとしたら、その場に立ち会っている臨場感があまりに希薄で、失敗作というより世に出ることもなかっただろう。

 読後の正直な感想として、はっきりいえば、本書は「恋愛物語」に近い内容のもので、執筆の動機そのものが作者と日本軍を指揮した栗林忠道とのあいだにおける時空を超えた「恋」にあるように感じられた。といって悪ければ、栗林の人間性に対する作者の「畏敬」というより以上に「憧憬」であろう。

 硫黄島は東京の南、1,200キロにあり、小笠原よりなお南西200キロの位置に存在する孤島。ちょうどグァムと東京の中間にあり、上空を飛べれば、飛行ラインとしては最短距離となる。その事実がサイパンを奪取した後、とくに米軍をして焦眉の島という判断をさせた。守備する日本軍の3倍の海兵隊員を投入、背後には重巡洋艦、駆逐艦、航空母艦などに10万人という予備兵すら置き、火力、人員ともに貧弱なばかりか、制海権、制空権ともに失ったため飲食の補給路も同時に喪失し、飢えと渇きにのたうつ日本兵を相手に、アメリカ側としては万全の体勢で挑んだのがこの戦争である。

 にも拘わらず、「5日で落としてみせる」との予想を大幅にくつがえされ、陥落まで36日もかかったあげく(実際に日本兵を一人残らず捕虜にするか殺すかするまでにはさらに2か月近くがかかった)、死傷者が双方ともに2万人前後という、等しいダメージを受けた点、米軍にとっては太平洋戦争はじまって以来のショッキングな犠牲を強いられた。 それも、上陸作戦を展開する直前、74日間にわたって、爆撃機による爆弾投下、戦闘機による機銃掃射、艦船からの艦砲射撃を継続し、島全体を鉄塊で埋めたあげくのことだ。

 戦後の調査によれば、米軍がこの島に落とした爆弾、砲撃の総量は島全面を1メートルの厚さで覆うほどの鉄量だったという。

 米海兵隊に同行していた記者が戦況の逐一を米本土に送り、報道を続けたため、硫黄島の名は日本人よりもアメリカ人のあいだに響きわたり、ようやく島の一部である摺鉢山(すりばちやま)を占拠したとき、数人の海兵隊員によって星条旗が打ち立てられた写真が後日切手にまでなった。著者によれば、いまでも、海兵隊員を励ます演説などには必ずノルマンディとならんで硫黄島でかつて海兵隊が示した勇気のことに触れられ、星条旗を打ちたてているブロンズ像の前で兵士を鼓舞するという。

 本書の筆者は硫黄島戦線を俯瞰しつつ、取材の過程で指揮官の栗林が家族宛に出した数々の手紙に接し、そのこまやかな家族愛に感動、また米軍を手こずらせた戦闘手法と対応に当時の日本陸軍や海軍にない斬新で合理的なものを感じ、栗林忠道という個性に感銘を受けた結果、指揮官個人にスポットライトを当てることで、本書を異色の作品にまで昇華させ得たのだと思われる。

 もう一度いうが、本書に凄惨な戦闘シーンを期待したら読後感は落胆に終わる。戦闘の実態が知りたければ、アメリカ人が書いた「硫黄島」のほうがはるかに真に迫った、血みどろの展開を目の当たりにできる。

 本書の成功はむjしろ、戦闘シーンを僅かにしか描かなかったこと、他の戦記物の真似をしなかったことにあり、具体的には著者の指揮官への思いの丈、思いの深さに気づけば、著者の慧眼と本書の非凡さとに瞠目するであろう。

 硫黄島には今なお一万余の人間の骨が埋まったままだという。


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