散歩の昆虫記/奥本大三郎著

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「散歩の昆虫記」
奥本大三郎(1944年生/日本昆虫協会会長)著
帯広告:虫の眼で世界を眺める歓び
週刊読売に1996年から2000年まで連載されたものの中から抜粋、加筆訂正の上、再構成。
2010年2月13日 幻戯書房より単行本初版
¥2200+税

 

 作者はファーブル昆虫記全十巻を完訳した学者であり、動植物の好きなタイプが持っている独特の清々しさに溢れ、読者を桃源郷に誘(いざな)ってくれる。

 「今の子供たちはサッカー選手、アイドル、ポケモンのキャラクター、漫画の主人公などの名前は知っているが、動植物の名前、とくに昆虫や草花の名前を知らない。この国の花鳥風月の伝統はいったいどうなるのだろうか」と心配する気持ちは私にも通底するし、「野生の鳥や昆虫を見ると、捕獲したくてウズウズするのが子供として当たり前の心情、これを保護を名目に抑圧するから、おとなしいだけで無気力な人間になってしまう」と憂える気持ちも理解できる。

 以下は「なるほど」と思ったり、「付記したい」と思った箇所を列記する。

*最近、街で見かける猫はペルシャ系、シャム系との混血が多く、国際化が著しい。

*世界最小の鳥はハチドリの仲間だが、ハチドリは中南米を中心に300種いて、最小の種はクチバシから尾まで、たったの6センチ、体重もこれまたたったの2グラム、カマキリにしばしば捕食されてしまう。

 (鳥が昆虫に捕食されるという話は初めて知った)。

*海に棲むヒトデは悪役、好物はカニや貝で、反転する胃を使って体外消化をする。

 (ヒトデについてはサンゴの捕食者、オニヒトデについても触れているが、沖縄にいた頃、私は琉球大学の海洋学科の教授と学生らとともにオニヒトデ退治をした経験がある。また、一般的なヒトデは海で溺死した人間の死体にも群れて食う。人間の溺死体に群がり食うというのなら、われわれが美味な海産物として賞美するカニ、イセエビ、アナゴなども例外ではない。イセエビの天敵はタコであり、タコの天敵はウツボだが、サイズの大きいミズダコはサメに抱きつき、足をからめて食ってしまう)。

*「セミを食う若者を沖縄で見た」と書いているが、元々沖縄にはセミ、といってもニイニイゼミだが、を食う習慣があり、これは琉球時代に冊封してもらった中国の影響であろう。マレーシア、ヴェトナム、インドネシアなど東南アジアではセミどころか、イナゴ(戦時中は日本人もカルシウムの補給目的で食ったと聞く)、バッタなども食用にされている。

*「マレーシアの首都、クアラランプールにはホタルがよく見られる」と書いているが、同じマレーシアの対岸地区、ボルネオ島の川では数キロにわたってホタルが見られる名所があり、夜間の水面にはホタルの光のほかに、大きく二つ光る目もたくさん存在する。いうまでもなく、その目はワニのものだが、アリゲーターではなくクロコダイルだからサイズも大きい。

*「タイには樹木に巣をつくるアリがいて、これに刺されるとひどく痛い」そうだが、バリ島のゴルフ場でうっかり樹木に寄りかかっていたら、数匹の兵隊アリが下着のなかにまで入ってきて大変な思いをした経験がある。

*猫の野生度について触れているが、確かに、同じ家畜の犬に比べ、猫のほうに多くの野生度が残っている。とくに、餌を与えられない途上国の猫はカマキリ、バッタ、コオロギ、野鼠、ヤモリ、トカゲなど捕獲し、さんざんいじくりまわしたあげくに食ってしまう。

*「アマゾンのジャングルの土地所有者に伐採をせずに金儲けができる方法を教えたのは日本人。ヤシの葉の太い芯を竹のように削って突き立て、先端を焼酎に漬けて発酵させたバナナを刺すと、甲虫やカメムシ、蝶がやってくる」。

 (確かに、そういう昆虫を欲しがる外国人は少なくないだろう)。

*アフリカ東岸沖合いにあるマダカスカル島は動植物の固有種の多いことで知られた島だが、人種構成はインドネシア人とアフリカ人との混血らしい。インドネシア人がアウトリガーに帆を立て、豚などの家畜を連れてはるばるインド洋を渡ってやってきたという。インドネシアは現在でも人口が2億を越えており、世界で4番目に人口が多い国。おそらく、人口密度の高い土地を見限ってインド洋を渡ったのであろう)。

*牛が財力の象徴であり、英語では「Cow」、ラテン語で「カプート」(Caput)というが、ラテン語は資本主義「Capitalism」の語源である。

*3千万年前、中南米を強大な暴風雨が襲い、森林樹木をへし折り、樹液のヤニが昆虫を拘束したため、長期にわたる地中空間でヤニは琥珀に変容、琥珀のなかに大量の昆虫が閉じ込められた。

 (琥珀といえば、ロシアにもヴェトナムにも多く産する。私はヴェトナムでブレスレットを買ったことがあるが、昆虫は入っていなかった。また、ロシアの首都、サンクトペテルブルグにあるエカテリーナ皇帝が創ったといわれる美術館の壁には大量の琥珀が使われているといわれ。昆虫を閉じ込める点ではオーストラリアやメキシコのオパールにもあり得るだろう)。

*「珍しい動植物を保護するのはもちろん結構だが、どこかある程度の広さを確保して、昔のごとく普通の田園や小川を造り、水車などもつくって、かつていくらでもいたタガメ、ゲンゴロウ、ウグイ、オイカワ、メダカ、鮒、ザリガニ、ドジョウなどを復活させくれないものであろうか」

 (作者の思いは読者の胸に響く。ただ、最近の報道で知ったのだが、東北のブナ林で有名な白神山地が世界遺産に指定されたとたんに、山地で季節の山菜を採取していた主婦や子供が山菜どりを禁止され、山地で熊などを撃って暮らしていたマタギが生活の糧を断たれたと聞く。国による管理には、熊などの動物が生きていけるための樹木選定への配慮や対策がなく、ために熊が里山にまで下りてきてしまい、住人が被害に遭うらしい)。

*「樹木伐採の後の植林に杉ばかり植えても、それはサイレント・スプリングという言葉があるように、春になっても野鳥も昆虫もやって来ず、花粉を飛ばすばかりで、静かな世界になってしまう」。

*沖縄のヒラミレモンを「シークワシャー」と書いているが、実際の発音は「シークヮーサー」であり、語源は中国語の果物を意味する「水菓子」(シュイクォーツ」である。シークワシャーと最後をシャーとしてあるのは、沖縄人の発音の癖で、先生を「せんせい」と発音できずに「シェンシェエ」と発音するのと同じ。

*「地球に優しく」などというけれど、地球にしてみれば、「人間ごときがそんなことを口にするのはチャンチャラおかしくて、それより、まぁ、せいぜい自分たちで殺し合いをしないこったね」と返されそうだ。地球の薄い表層の土と空気の中で短い時間に起きることなんて、餅に生えた青カビ程度のものだ」

 (人類は大気圏内の地球ばかりでなく、大気圏外の宇宙空間にまでゴミを撒き散らしている)。

 作者は最後に強烈な言葉を投げつける。

 「人間は最大、最強の猛獣」。

 爽やかななかに厳しい目を人間社会に向ける姿勢が頼もしい限り。本書内容は国内外を歩いた筆者の目がじかに捉えた動植物の世界が紹介され、こうした内容の好きな読者にはこたえられない一書。


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