旅の途中で/高倉健著

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「旅の途中で」 高倉健著  新潮文庫
1996年7月から2000年11月までのラジオ番組をもとにした書下ろし。

 
 この俳優に初めて接したのは日本刀を振り舞わしす、ヤクザ映画にぴったりといった頃で、それだけの印象だった。

 それが、数年後「黄色いハンカチ」を見、「南極物語」を見、「ポッポ屋」を見て、その変貌に仰天、見方が百八十度変わった。

 そのうえ、TVの放映で「中国大陸の地」に立つ高倉健を見、魏、呉、蜀の三国史持代の「関羽」が語源となったている「単騎・千里を走る」のロケ風景を見ながら、高倉健の人間としてのけじめ、思念、覚悟、そして規模などを感じ、2006年のロードショーが楽しみになった。

 本書は帯広告に「単騎・千里を走る」があったため、前後の見境なく入手してしまったのだが、内容はそれには一切触れることなく、裏切られた気分だが、高倉健という人物にはじめて接したことで、この日本男性を知り、「この人にこそ日本人を代表させて間違いない」と思えたし、古来この国でいう「背中でものを語る」という姿勢をもっとも堅持している男だとも思った。

 それは、むろん、「口が重いだけでなく、一貫して寡黙で、むかしの男を彷彿とさせる、日本人の礼節を代表する」という意味においてである。

 田辺聖子が「セピア色の映画館のなかに監督と脚本、あろいは原作と俳優とがうまく人生の刻を同じくしてめぐりあい、情勢をともにわかちあうとき、映画は窯変(陶磁器を焼いたときの変化)を起こして、期待以上のすばらしい効果をもたらす」といったというが、当を得た意見だ。

 高倉健は本を書いても、それをテレビの各民放に持ち込んで宣伝を行わない謙虚さがある。もちろん、これは私が知るかぎりにおいてはということだが。


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