日はまた昇る/アーネスト・ヘミングウェイ著

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書評:ためいき色のブックレビュー-日

  「日はまた昇る」 アーネスト・ヘミングウェイ(1899-1961/アメリカ人)

  原題:The Sun Also Rises (1926年パリにて単行本初版)

  訳者:佐伯彰一

  2009年6月30日  集英社より改訂文庫版初版  ¥600+税

 2006年8月30日に、本ブログに同作者の「武器よさらば」を書評したものの、天下に名高い作者の息吹を感ずることなくがっかりして読了した記憶があるため、作者の文名を確立したデビュー作でもある本書はじっくり読んでみた。

 まず、タイトルの原題を見て驚いた。The Sun Also Rises ならば、「日もまた昇る」であり、タイトル通りの訳ならば、The Sun Rises Again でなければおかしいと思ったことから、翻訳者への不信が芽生えた。

 裏表紙の梗概に、「第一次大戦後の頽廃が欧州に蔓延するなか、当時の若者がどう生活し、どう人間関係を捌きつつ生きたかに本書の真髄があり、訳者の「解説」には、「シャープな切れ味のよい、若さでぐいぐい押していく文体が当時の批評家にも評判がよく、長篇小説としての質、純度という点でもダイナミックで規模が豊かである点、別格の作品であり、時代の流行とまともに付き合うことを通して、不易の域に突き抜けた小説、古くてみずみずしい青春小説」との、過剰とも思える賛美に終始した評を載せている。

 第一に、「シャープで切れ味のよい文体」という印象は全くなく、もし原文がシャープであるとすれば、翻訳した人物の技量のレベルが問われてしかるべきではないかと思ったし、個人的な印象を述べるならば、本書は最初から最後まで、登場人物らがそろいもそろって呑んだくれで、アルコール漬けになっている物語といった感想しか持ち得なかった。加えて、二日前に林真理子の作品を「女たちの饒舌に辟易」と評したが、本書も会話体が多く、同じおしゃべりが男たちによるものであること自体、醜い印象が一層拭いがたく、反吐をもよおした。

 あえて「なるほど」と思った点を挙げるならば、当時のパリの街の様子と、スペインの闘牛場のありようと、どのくらいの種類の酒が存在したかが解る程度で、ことさら面白いと思えるものも得るものもなかった。

 時代が異なるのだから言いすぎだと批判されるかも知れないが、「第一次大戦後の退廃的ムード」というのなら、第二次大戦後の退廃的ムードはどうなんだと問いたくなるし、戦後の心的障害という点ならば、ヴェトナム戦争以後のアメリカ兵のそれのほうがはるかに深刻だったと思われるため、本書に特段の感銘を受けることはなかった。

 さらに言えば、欧州列強が後進国を武力で抑えつけ、植民地化し、それぞれの土地のものを数世紀にわたって収奪した時代、被支配者たちを無気力にさせ、退廃的で退嬰的な、自由を奪われた精神世界に追い落とされた実態ついての推察も推量も憐憫もない点、欧米人の身勝手で一方的な気分が伝わってくる。

 物語の内容にせよ、展開にせよ、著者の顔写真から期待されるようなものでないことに、いつも怪訝な思いが胸に残るのはなぜだろうか。結局は自害して果てるという精神的脆弱性がにじみ出てくる、そういう匂いが私の感性と相容れないのかも知れない。

 この作者の作品群のなかでは、やはり「老人と海」が傑出しており、あくまで個人的な感受性に依拠すれば、この作品を超える作品はないというのが私の結論。


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2 Responses to “日はまた昇る/アーネスト・ヘミングウェイ著”

  1. Ernesto Mr. T より:

     Hemingway の The Sun Also Rises は『日も昇る』で良いと思います。『日はまた昇る』は和訳聖書からの定訳からとられたものでしょう。
     昔、大学の英米文学科の先生や大型書店の店員などから「『日も昇る』のほうが正確な訳だが、日本では『日はまた昇る』と訳したほうが売れる確率が高くなり読者の購買意欲を刺激する、つまり、『日も昇る』という正確だが面白みの無い訳では日本ではどこの出版社も The Sun Also Rises の訳書を出してはくれないだろう、という経済効率のような話を聞いたことが二三度あります。もう40年くらい前の話ですが。

  2. hustler より:

    Ernesto Mr. Tさんへ
     仰ること諒解しました。
     私のブログを読んでくださっていることにも感謝の意を表します。

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