日本はなぜここまで壊れたのか/マークス寿子著

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「日本はなぜここまで壊れたのか」
マークス寿子(秀明大学教授)著
帯広告:日本人が美徳をとり戻すための11章
草思社 単行本 2006年10月初版

 

 イギリスに滞在し、イギリス人と結婚した経験を軸に、日本社会と比較しつつ、容赦のない批判を浴びせ、かつ鋭い指摘をする。

 難点は同じことの繰り返しが多く、文章がややくどいこと、そしてイギリスを過大に評価しているところ。

 以下は本書のポイントを列記、最後に読み手としての意見を開陳する。途中の(  )内は私の意見と疑問。

1.生後二、三か月の幼児を保育所に預けて平気な母親は日本以外の先進国にはいない。親子の肌の接触こそが子育てであり、接触を通して物事を段々に学んでいく過程であり、その過程の欠落している家庭で育った子が将来まともな大人になれるわけがない。幼児期に母親と過ごさなかった子は他の人間との関係をあたりまえに築くことができない。母親が仕事を第一に考える社会は残酷社会といっていい。親も子に遠慮するようになり、求められれば何でも与えて罪滅ぼしをする習慣をつくってしまう。当然ながら、家庭でやるべき躾(しつけ)などは放念されたままになる。

2.日本政府は老人福祉の金を児童福祉に回すことで出生率を高めようとしているが、出生率は金の問題ではなく、育児休暇の延長と、父親の育児参加が可能ならば解決できる問題である。

3.出生率について:

 日本は1.29(2006年)、イギリスはかつて1.30だったが現在は1.71と回復、スペイン1.25、イタリア1.21と日本並みだが、イタリア、スペイン、日本に共通するのは父親が育児参加しないという点。スウェーデン、フィンランド、フランスの三国は回復基調にある。

4.父親が育児に参加する家庭の子は平均して学業優秀で、情操も安定し、非行に走らないという調査結果がある。(父親が相談相手になり、勉強も教えてもらえ、互いの親近感が密接になるからだろう)。

5.アメリカとイギリスの研究チームの意見として出されたのは、「保育所に入れていい年齢は女の子なら、二歳半から、男の子なら三歳から」で、週トータル6時間以内、二日で三時間ずつが望ましいという。(それ以下の年齢の幼児の団体生活は百害あって一利なし)。

6.女性にとって「母親になり、子共を育てるのが最大の喜び」というのはごく自然な女としての感情であり姿勢でもある。(バリ島では、将来の希望を女性に尋ねると、だれもが一様に「イブになること」と応える。「イブ」とは「ミセス」や「母親」を意味し、配偶者を得た女性にはだれもが「イブ」と呼びかける)。

7.許認可事業をある程度、自由にしたことがライブドアがやったような株の分割を可能にし、一般人はもとより学生や子供にまで株式売買の裾野を広げ、デイ・トレイダーと称する、一日中パソコンに向かう若年層を生んでしまった。

 (主婦の株式市場への参加という点でいえば、日本人よりアメリカ人のほうがはるかに多い理由は株式市場こそが企業が資金を社会的に、かつ合法的に調達できる場であるからで、その機能はある意味で資本主義社会の根幹をなしている。むしろ、学校で株式市場について一切教えない日本の教育界の在り方のほうに問題があるのではないか。また、インターネットで株式の売買ができるようになったことは一般投資家にとっても福音になっている。第一に売買の度に証券会社に電話せずにすむこと、第二に売買手数料が5分の1から10分の1という破格といってもいいくらい安価になったことだ。要するに、インターネットによって株の売買が可能になった事実をライブドアの違法行為一つに問題点を絞って批判するのは筋違い)。

8.成果主義が格差社会をつくり、勝ち組と負け組みという言葉を創造させ、社会全体が金儲け主義に走るようになり、女性もそういう社会のなかで台頭しはじめ、キャリアウーマン志向も強くなる。なかにはみずから企業を起こし、社長になってセレブになった女性もいる。そういう女性は結婚願望もなく、たとえ結婚しても子をつくろうとしない。子をつくっても、仕事第一主義であれば、子を二、三か月で保育所に預けてしまい、夕方5時まででなく深夜まで預けられる保育所を探すようになる。お金で片付けられることなら、幾らでも払うという腹積もりらしい。

9.成果主義の社会では敗者に復活の機会を与えられるべきであるし、福祉の充実が必須。(私は福祉が充実しているスウェーデンの男性と話したことがあるが、彼は「所得のほとんどが税金でとられてしまい、病気をして病院に行っても、だれでもがフリー・オブ・チャージ(お金を払う必要がない)だから、貧乏人が長蛇の列をつくっていて、私は結局外国の病院で金を払って診てもらったよ」と嘆き半分に語った。福祉国家には、そういう面も同時に存在する)。

10.格差の例:企業の社長と新入社員の給料比較

 アメリカ50対1、イギリス30対1、日本8対1から10対1。イギリスも格差社会ではあるが、金持ちを羨むとか、人間として勝ち負けという感覚には繋がらない。

11.日本の長者番付は前年に支払った税金額で決まるから毎年、人が変わるけれども、イギリスでは「リッチマン調査」を新聞社が行なっていて、不動産、宝石、骨董品、競馬用の馬、ヨット、ヴィンテージカー、自家用機、クルーザー、狩猟用権利、預金などすべてが含まれるから、順位の変動は比較的少ない。イギリス人はキリスト教的倫理観に呼応して、金持ちがどのように金を使っているのか、社会にどう貢献しているのか、慈善団体への寄付の有無などが問われ、そうした行為の内容によって人間として格が評価される。なかには慈善事業に遺産のすべてを寄付してしまう人もいる。

12.イギリス人はイギリスの風景を変えたくないという欲求が強い。大きな城や邸宅を入手しても、修繕するだけでも地方自治体から許可を得なくてはできないし、いわんや、建築物を壊して、高層ビルなどを建てることなどは法律で禁じられている。だから、たとえば城を買うと、買った人は維持費が大変だろうと同情を呼びさえする。

また、土地への投資、投機は禁じられているから、土地の値段に変化は起こらない。10年後に同じ土地を訪ねても、同じ風景が広がっている。

13.イギリスの大学はすべて国立で、私立はない。日本は全国で国立、公立、私立あわせて700校もあり、うち500校が私立。少子化傾向は大学同士の生徒の奪い合いを誘発している。

14.作者が勤務している秀明大学では新入生を一年間、イギリスの分校に留学させているが、そのおかげで、人にもよるが、社会性が育まれ、自立心を持って帰国するケースが増え、喜ばしいことだが、いったん自宅に帰ると、家庭が人間的な接触の場ではなく、欲しいものは何でも手に入る、ぬるま湯的な生活に戻ってしまい、イギリスで得たものを失ってしまうケースが少なくない。

15.イギリスではサッチャー首相以降、老人介護は国の責任になった。それは民間に任せたビジネスにしておくと問題が多発するからという理由だった。老人をどう扱うか、幼児をどう扱うかを見れば、その国の文明度、品位が測れる。

16.イギリスの世論調査では医師に患者への緩和医療の権利を与えるべきで、不治の病に冒された患者が同意すれば、注射で安楽死させてもいいという意見が71%を占めている。現実に、イギリスには緩和医療をやる病院が320もある。安楽死を自殺の幇助とは考えない社会体制づくりが日本にも必要ではないか。スイスでも、オランダでも、安楽死は合法化されている。過度の延命策は本人にとっては苦痛の一語であり、家族にとっては大きな経済的負担を強いられる。日本の医師会が安楽死をさせる権利を政府に立法化するよう働きかけないのは病院の収入が減るからだという説もある。

17.日本では自殺者が過去7年間、常に3万人を超えている。多いのは経営破綻した経営者、失業者、ヤミ金融の貸し金取立てに追われた人、一人住まいの孤独な老人。3万人の背後には30万人の自殺未遂者がいるというが、この面では世界でもトップクラス。原因はマンション建設に始まった他人との接触忌避、核家族化による血縁関係の破綻、地域社会の援け合い精神の欠如、地方も都市化したことによる故里の喪失、金持ちや成功者を勝者と讃え、勝ち組と負け組みに分けてしまう社会の非人道的な精神。

 (狭い国土に1億以上の人口を抱える以上、高層の分譲マンションが多く建設されるのはやむを得ないだろう。たとえ、それが地域コミュニティを破壊することになっても)。

18.日本が世界で最も便利な国であることは事実だが、利便性を享受できるのは一定以上の富裕者層に限られる。

 (とはいえ、一般人でも、発展途上国の人々が享受できないフラッシュトイレ、シャワーつきのバスルーム、冷蔵庫、掃除機、BSつきテレビ、自動車、エアコンディショナーなど入手している。作者の表現は偏りすぎに思われる)。

19.イギリスのウルフ教授は「高等教育を受けた賢い女性が結婚せずに就業し、結婚しても子をつくらずにいることは未来建設の邪魔な存在というしかない。優秀な女性が家族よりも仕事を優先することから生ずる損失のほうが仕事をして得るものよりはるかに大きいことを認識すべきだ」という。イギリスでの実話だが、社長をする母親に育てられた女の子が学業を終え、結婚すると、花屋をスタートさせた。理由を尋ねると、「自分は母親のようにはなりたくない。花屋なら、子を産んでも、いつも子と一緒にいられるから」と答えた。母が肌の接触をネグレクトしたことに対する痛烈な批判である。

20.かつて日本に存在した美しい品格を壊した責任の大部分は政治家、官吏、一般公務員、企業家、金融業者にある。(そして、戦後、アメリカのホームドラマに見惚れ、アメリカンライフを憧憬し、電化製品を入手、防衛に関してはアメリカに「おんぶにだっこ」というテイタラクに随した生活で、その間には数々の日本独自の習慣、伝統を喪失したことは否めない)。

21.先進国すべてに広がっている金儲け主義、物質主義、消費文化、家族や地域社会を犠牲にした経済優先は多くの弱者を生んでいる現実を直視すべきである。対応策を早く見出さない限り、どの先進国も人間的な生活、豊かな生活は生まれてこない。(それがどのような社会体制なのか、わからないから苦労ししている)。

 以下は私の意見:

1.「イギリスでは少子化を移民で補われている」というが、かつて領土拡大のために多くの他国に侵略、植民地化し、数多くの現地人を殺戮したことの尻拭いではないのか。移民は植民地づくりを強引にやった国には必ずいるし、そうでないスイスにもいる。その結果がロンドンでのテロを誘発し、現在では至るところに監視用カメラを設置せざるを得なくなっているのも「自業自得」。少子化を移民で補うことは、いずれ日本でも同じ状態が出現するかも知れないが、現時点でも、外国人の不法滞在者が多数いるし、かれらによる酷薄な犯罪も増えている。

2.「放火の写真を撮り、ネットで発表した若い女性の行為を犯罪と思わないほど感覚が狂っている」と怒っているが、犯罪と思わない若年層が若干ながら存在することは否定しないが、日本人全体が犯罪だと思っていず、狂っているが如き言葉は慎んだほうがいい。イギリスには悪名高いパパラッチがいるではないか。

3.「パック旅行がなぜ安いのか解らない」と仰るが、パック旅行は一年間に数十本、数百本という数で設定企画され、事前にエアラインの席、ホテルの部屋をブロックするため、エアラインにとっても、ホテルにとっても、それが年間稼働率を模索する上で、一応の目安になるからであり、彼らはどの旅行社が集客力があるかないかを知っているから、収益の面でも一定のギャランティになる。だからこそ、一般人よりも安い仕入れが可能なのであり、安く販売することも可能になるという仕組みである。これを非難するのはお門違いというべきだろう。

4.最近では、日本国内で会社をはじめ、ホテル、ゴルフ場、ビルを売買しているのは日本の投資家よりも外資の方がはるかに多いことを作者には知って欲しい。同時に、日本の株式市場を支配しているのも外資であって、日本の投資機関ではない。アメリカに本拠を置くゴールドマンサックスやメルリンチやオイルダラーには到底太刀打ちできないのだ。

5.「イギリスのメシはまずい」という説に猛反発しているが、それを言っているのは日本人だけではない。また、イギリスには伝統的に、食事の美味、不美味を口にするのは紳士淑女のマナーではないとの習慣があるのではないか。作者が美味と感ずる食事を誰もが美味と感ずるか否かは別の問題である。

6.著者は「携帯電話とメールとについてごてごてに批判しているが、文明が歴史上、一つの利器からさらに機能的に優れた利器を開発しようとするのは、それこそ人類にとって留めることのできない歩みではないか。むろん、それは人類のもつ業(ごう)とも繋がりがあり、利器に浸って、かえって利器にがんじがらめになり、後戻りしたくても(たとえば、今さらエアコンディショナーのない生活には戻れないように)、利器に埋没して、結果的に二酸化炭素で大気を汚濁し、人類を滅亡に追いやる可能性も十分に考えられる。環境問題については、京都議定書にサインをしようとしまいと、先進国ならば、だれもが危惧していることで、だれもが首肯できる有効な手段がないのではないか。この問題は先進国だけの問題ではなく、途上国を含め地球上の人類に共通するきわめてシリアスな問題である。

 また、一度、新しい利器が開発されれば、より機能のよい利器が開発され、それに伴って社会には新しいニーズが生まれる。利口な人間はそのニーズを逸早く感知し、ビジネスに繋げる。

 コンピューターがこの世に出現して以来、人類は世代分けされてしまった感がある。利器の全機能を起用に駆使できる世代と、出来ない世代、できても機能の100分の5程度しか使いきれない老人もいる。

 今後、利器が新しい利器を創造していくスピードは過去の比ではなくなるだろう。

 総評だが、「参りました」と言いたくなるほど、痛いところをぐさりと突かれた気分。文章にくどさはあるが、流れがよく、非常に読みやすい。「ブランドに執心するのは自信の欠落した人間」「大学生のくせに議論もできない」「愛国心の元は故里にある」などの言葉にもただただ納得というほかはない。


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