日露戦争を世界はどう報じたか/平間洋一編著

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日露戦争を世界はどう報じたか

「日露戦争を世界はどう報じたか」
平間洋一(1933年生)編著
執筆者は複数(編著者以外にコンスタンチン・O・サルキソフ(アルメニア人)、熊達雲(中国人)、飯倉章(日本人)、坪内隆彦(日本人)
2010年5月28日 芙蓉書房出版より単行本初版 ¥1900+税

 

 5人の執筆陣が世界の新聞や教科書に載った日露戦争に関する各国の反応を克明に切り取った労作。ロシア大統領のべドベーチェフが日露間に懸案となっている北方四島の国後島を訪れたタイミングで、本書に出遭ったことに因縁のようなものを感ずる。

 「世界各国の反応」とは言ったが、実際には同じ国でも新聞により、人によって反応は様々だった。

 ただ、戦前、世界のメディアにせよ、中国のメディアにせよ、日本の勝利を予測したメディアは皆無だった。理由は、大国を任ずるロシアと新政府を軸にようやく欧米の一等国の仲間に入るべく必死だった国としてのレベルを比較した場合、日本の勝利などという卦が出る訳がなかったのであり、つまりは、この戦争に踏み切った当時の為政者のオツムがおかしかったというしかないのである。

 本書では、時系列として、宣戦布告当時、戦争が日本有利に進行していたとき、ロシアのバルチック艦隊が日本海で殲滅されたとき、ポーツマスにおける講和のとき、賠償の内容が決まり戦争が完全に終了した時点より前と後とに分け、最後に現在の各国の教科書にはどう書かれているかまで調査の手を伸ばしている。

 さらに、本書が採り上げたのは、世界でも反応の強かった国、欧州(同盟国のイギリス、ロシアと同盟関係にあったフランス、皇帝時代のドイツ、ポーランドなど)、北米のアメリカとカナダ、東南アジア各国、中近東諸国、トルコ、オーストラリアなどがそれぞれ当時置かれていた立場からの反応で、当然という反応もあり、意外な反応もあり、そこに本書の面白さがあるように思う。

 「外国の教科書では海軍を指揮した東郷平八郎、陸軍の総帥、大山巌、203高地を攻略した乃木大将などの名前が出てくるが、日本の教科書には出てこないという偏り」などは戦後の日本の教育の在り方、日教組の設立がもつ問題などが脳裏に浮かぶ。

 はっきり言えるのは、昔も今も、日本のリーダーがしばしばみせる意思決定の杜撰さ、相手の総力を色眼鏡を使わずに冷静に判断し、まともに戦争して勝てる相手か否かを吟味するために、事前に相手に関する情報をしっかり入手して比較検討する、そういう姿勢に一貫して欠けていたことは事実であるのだが、結果として戦争に勝ってしまうものだから、元の船が台風で殲滅されて以来、日本にはいつでも「神風が吹いている」といった錯覚が軍部の頭脳に居座るようになって、そうした頑迷な迷信から抜けられずに太平洋戦争を迎えることになったことが未曾有の不幸との遭遇に結果したということであろう。

 日本が思いがけずロシアに勝ってしまったことで、インドをはじめとする東南アジア諸国も、ロシアと長年ことを構えてきたトルコも日本に期待するところがふくらんだのだが、日本はそういう期待には一切応えようとはしなかった。日本軍部の頭にあったのは、西欧の植民地拡大主義の真似をし、その流れに乗ることだった。

 だいたい、日本という国は、独自に新しい社会体制を構築し、これを世界に宣伝、持ち込むなどという神経とは全く無縁の国。白人が植民地化し領有化した国土への羨望と、軍事力に対する劣等意識に苛まれ続けた。

 ただ、本書のタイトル「世界は日露戦争をどう見たか」という視点から思い出すのは、イギリスの新聞記事で、イギリス軍が送り出した武官が日本海海戦を目撃し、「世界の海軍による戦いでこれほど完璧な勝利は歴史に例がない」とのメッセージを残していることだ。


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