暗渠の宿/西村賢太著

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「暗渠の宿」 西村賢太著
新潮社  単行本  2006年12月初版
野間文藝新人賞受賞作品(選考委員:阿部和重、江國香織、角田光代、川上弘美、町田康)

 

 本書には「けがれなき酒のへど」と、野間文藝新人賞受賞作となった「暗渠の宿」の二編が収められている。

 読み始めるや「はな」という言葉が多発する。(はじめに、はじめは、まず)と言った意味で、むかしの人なら「はなっから」あるいは「はなから」と、(初めから)との意味で使った。さらには「ほぞを噛む」、「畢竟(ひっきょう)」、「慙愧(ざんき)に絶えぬ」 「そも」(そもそも、元来の意味)、「はばかりながら」 「向後」(今後の意)、「すなどる」、「最前」(さっき、さきほどの意)、「てんから」(頭からの意)、「どうで」は(どうせ)とか(どうころんだところで)といった意味だろうし、「たまさか」は(たまたま、たまに)といった意味だろうが、本書の二編ともに、若い作者にも拘わらず、文章が「どうで」と「はな」と「なぞ」(など)で埋まっていて、異様な感が否めない。

 作者が作中で挙げる明治、大正の作家らの名前も椎名鱗三、葛西善蔵、徳田秋声くらいなら知っているが、三島霜川、相馬泰三、新井紀一、大河内常平、などの名は私の知識の埒外、作者が師と仰ぐ藤澤清造など全く知らない。

 作者は理由は知らないが中卒である。にも拘わらず、明治、大正に生きた作家の作品を読み耽った経緯は本書を読めば一目瞭然だが、コレクションにまで手を染め、気分的に江戸っ子気質も抜けきらないらしく、そういう言動も頻繁に垣間見える。とはいえ、はっきり言わせてもらうなら、なにを気障ったらしく、死語に近い言葉を連打するのか、理解を超えている。

 その意味で、現代女性との会話部分と、地の文に出現する死語に近い言葉との奇妙なコンビネーションに、おそらく上記した若手審査員らは圧倒されたか痺れたのではあるまいか。この程度の文体を「新しいタイプ」と評価するとしたら、審査員の知性レベルはもとより、編集者のIQを疑いたくなる。

 とはいえ、唐突に、寝物語を「ピロートーク」としたり、劣等意識を「インフェオリティコンプレクス」と片仮名を使ったりするところは、神経の分裂を感ずるし、首を捻りたくなる。作者自身がInfereority Complexの塊なのではないかとも思いたくなる。

 現代の若い女性に「宦官」などといって、解るわけがない。内容的に狂的な感じはしても、魅力とか、抗しがたい吸引力といったものを感ずることはなかった。むしろ、奇の衒(てら)いすぎ、後家の頑張りといった、学校を出ていない人間特有の(私の義父もそうだったが)、秘かに猛勉強して、他人に負けまいとする、不必要なまでの矜持、醜い優越感に酔っている印象が強い。

 私自身は企業勤めをしていたとき、誰がどこの学校を出ているか、大卒、高卒、中卒などを気にしたこともなければ、そういうことで人を評価したこともない。企業に入った以上、どの程度に仕事ができるかだけが問題なのであって、出身校は問題ではない。そういうレベルで人を測るのは、決まって、大学卒に対する劣等感の持ち主である。それに似た感覚、心情を、この作者の作品に感じた。

 ただ、内容がエッセイであり、作者本人の体験をありのままに綴っていると思えれば、面白いとは言えるだろう。

 ばっきりいって本の選定は難しい。当方としてもお金を使って読む以上、それなりの本を探すし、選ぶのだが、まずまずの本に出遭えるのは10分の1の確率、面白いと感ずる本が100分の1、感動、感激に襲われる本は1,000分の1くらいかも知れない。むろん、何を面白いと感ずるかは読者それぞれの感性の問題ではあろうが。


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One Response to “暗渠の宿/西村賢太著”

  1. 平 秀男 より:

    何を気障ったらしく、死後に近い言葉を連打するのか、とか 学校を出ていない人間特有の、秘かに猛勉強して、他人に負けまいとする、不必要なまでの矜持、醜い優越感に酔っている印象が強い。 とかの評を読み「ちょっと違うな?」と思いました。
     西村賢太の文章は、藤澤清造を読めばわかると思いますが、藤澤清造そのものなんです。「はな」も「慊い」も藤澤清造に頻繁に出てきます。
    あこがれの作家の文章を、西村さんはきっと何度も読み返し、わからない字は辞書を引いたことでしょう。その結果、自分の文章に自然に出てきたのだと思います。
     これは真似をするという低い次元のことではなく、もっと、なんというか藤澤清造が西村さんに乗り移って書かせているような印象さえ受けました。
     だから優越感などはこれっぽっちも持っていないし、西村賢太の小説はこの文章でなければ、ダメだと思います。
     だって苦役列車の冒頭が
    「そのころ北町貫多の一日は、目が覚めるとまず廊下の突き当たりにある、年がら年中糞臭い共同トイレへと立っていくことから始まるのだった」 だったら全然伝わらないじゃないですか。

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