最後の授業/ランディ・パウシェ&ジェフリー・ザスロー著

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「最後の授業」 ランディ・パウシェ&ジェフリー・ザスロー(アメリカ人)著
原題:The Last Lecture
副題:ぼくの命があるうちに
訳者:矢羽野薫
2008年月初版 単行本 ランダムハウス講談社

 

 ランディ・パウシェは46歳のバーチャルリアリティの第一人者、コンピューターーサイエンス分野で世界的権威、ピッツバーグにあるカーネギー・メロン大学の教授。

 膵臓癌に冒されたあと手術を行い、一時は成功したかに見えたが、術後の検査で肝臓に癌が転移していることが判明、余命は数ヶ月(長くて6か月)との宣告を受ける。そうしたときに、「最後の講義」をしないかという誘いが大学からあり、これは学生はもちろん、世話になった人々にも、自分のまだ幼い子供三人にも「自分がどういう人間であったか」を示す遺産の一つになると考え、引き受けた話であり、携帯電話で毎日連絡をとりあいつつ文章にし、全体をまとめたのは講義を聴き、直後に感動的であった講義内容とその場の雰囲気とを世間に伝えたメディアの記者、ジェフリー・ザスローである。本書が執筆されているとき、ランディ・パウシェは病院のベッドの中だった。

 結果として、作品は全米でベストセラーになった。「最後の授業」で検索すれば、動画で講義場面が映しだされる。なお、講義のタイトルは「子供の頃からの夢を本当に実現するために」だった。

 ペンシルベニア州のピッツバーグはかつては「鉄の街」としての呼び名のほうが高かったが、現在では「ハイテクの街」と言われていることは初めて知った。

 本人が既に老人で、子供たちが独立していたら、このような人生訓を並べ立てた本は生まれなかっただろうし、講義内容がマスコミに喧伝されることもなかったであろう。死が近づいたとき、自身がまだ若く40代、晩婚だったため、子供は5歳、2歳、1歳で、後々父のことは特に2歳、1歳の子供の記憶から消える可能性が強いという事情を慮り、「自分はこういう父だった」というメッセージを遺したいという気持ちに根づいている。

 講義の聴衆は講堂に400人、複数のTV番組がこの講義を報じ、全米で2500万人がチャンネルを合わせ、インターネットも動画配信され、またたくまに600万のアクセスがあり、半年以上が経った時点でもアクセスは続いているという。

 本書からは作者の楽観的で、自信に満ちた性格、いかにもアメリカ人に多いタイプを思わせ、かつて13年間、単独で北米大陸で観光誘致のためにセールスをして回っていたころが懐かしく想い起こされたが、ディズニーランドがあまりに頻繁に登場することに私は違和感を持ち、文章が会話体であることも原因だったかも知れないが、訳者が感動したようには感動することはなく、むしろ作者の発言には幼さが感じられた。あるいは、文章は訳文であり、翻訳者の側に責任があるのかも知れない。


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