杯(カップ) 緑の海へ/沢木耕太郎著

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杯(カップ) 緑の海へ

「杯(カップ) 緑の海へ」 沢木耕太郎著
2004年に朝日新聞社より単行本
2006年 新潮社より文庫化初版

本書は2002年に、日韓共同で開催されたサッカーのワールドカップの一部始終を克明にルポした作品であるが、二国間で開かれたこと、競技場がいずれの国でも場所があちこちに散在していたことから、作者はタクシー、バス、飛行機、船などを使い、文字通り、駆けずり回っての取材。

そのうえ、試合ごとに文章にまとめ、新聞社に送る仕事に終始した大変な労作である。

とはいえ、作者がこうした仕事を引き受けた本音が私には今一つ理解できない。なぜなら、スポーツというものは現場である競技場で見るか、テレビで観戦した方がはるかに臨場感があり、かつエキサイティングであり、闘いを文字で表現すれば、グループによる対戦方式をとるサッカーというスポーツでは多くの国から参加があり、選手の数はかなりの数にのぼる。したがっては、文章の中に当然ながら色々な選手の名が登場し、その名前も、日本人には覚えにくい名が多いため、読んでいても頭が混乱し、実際に競技を目撃した作者の気持ちが聞き手が相当のサッカー基地外でない限り、百パーセント読者に伝わることはあり得ないからだ。

はっきり言って、過去に、この作者の著作を読んで、退屈したことはなかった。この著作だけは例外というべきか、疲労と倦怠とが脳髄を襲って、困憊したのが正直なところ。個人的には、こういう類の本はもう書かないで欲しいという気持ちである。

読了して心に残った部分は、日本が負けると韓国人は大喜びしたが、3位4位を決する試合に出場する韓国を日本人の多くが応援した事実を知った韓国人の一人が「もうしわけなかった。これまで韓国は日本に対して謝らなければならないことをしたことはない。長い歴史の中で、ひどいことをするのは常に日本の側だった。だから、日本に対し申し訳ないなどという感情を持ったことはなかった。ワールドカップを通し、私たちは歴史的に初めて日本に対し申し訳なかったと思った」と言った場面である。

確かに、豊臣秀吉は朝鮮侵略を目的に武士団を載せ、朝鮮半島に船団を送り込んだし、維新後は併呑までして、数十年間にわたり、為政者として振舞ったし、韓国人の立場からは屈辱的な歴史しか記憶にないことはよく解るが、その折りロシアの南下を危惧した点では両国とも同じベースに立っていた。さらに、長い歴史を通観するなら、韓国にひどいことをしたのは日本より中国やモンゴルの元、フランスではないのか。

最近、大量のゴミ、空き缶、ポリバケツ、注射器などが韓国から日本の海岸に凝着していることを、韓国人は知らないのだろうが、どれほど迷惑しているか、日本政府は強行に中国、韓国に抗議すべきだ。ことに、中国の黄河、揚子江の両河に垂れ流しされている産業廃棄物は自国の民の健康を著しく阻害することは自明だが、隣国の韓国、日本にも強く影響が及ぶことに出来るだけ早く歯止めをかける手を打ってもらいたい。

一つだけ、褒められる行為をしたとすれば、大昔に日本朝廷が百済(くだら)と交流を続け、百済から一人の姫君の輿入れを朝廷が懇望し、その後、百済が滅亡の危機に瀕したとき、助力を依頼されたのに応じ、武士船団を百済に送ったことだろうか。尤も、日本武士が百済に到着したときは時すでに遅く、百済の命運は尽きてしまっていたけれども、相当の数を日本に連れ帰り、帰化させている。


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