柳澤桂子いのちのことば/柳澤佳子著

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いのちのことば

「柳澤桂子いのちのことば」
柳澤桂子(1938年生)著
集英社 2006年12月 初版 単行本

 

 「著者は遺伝学の専門家。御茶ノ水女子大学名誉博士、御茶ノ水女子大学卒、ニューヨーク・コロンビア大学、大学院修了。三菱化成生命科学研究所主任研究員であり、1969年原因不明の病に倒れ、闘病生活を送っている」

 そういう人物が、「主治医から病気は原因不明、精神的な原因による病気には手を貸す必要がない」と言われたというが、このような応接が現実にあり得るのだろうか。しかも、患者は一般人ではないのに。

 作者は「医師はその人の人格以上の医療はできない」と語るが、言葉には質量的な重さがある。

 本書はすべて作者の主観による、37年間の闘病生活をしてきた体験から、詩を紡いだもの。すべて、彼女の主観が占めていることで、詩に清々しさと潔さが漲っている。

 なかでも、心に残った詩は:

 「地球上に生物として生まれてくることは残酷なような気がしてなりません。人間も例外ではありません。生まれたいのかどうかも聞かれずに生まれてしまう。どんな状況であれ、生きなければならない。少しでも幸せなことがあれば、心から感謝して生きていかなければならない」との言葉。

 私なら、地球上に生物として生まれてくることは、人間にとって最も残酷なことに思える。生についてのみならず、死を選ぶのは負け犬になる。また、生きている以上、だれもが煩悩に苦しめられ、煩悶する。

 作者は「生きていることは苦しいことであるという真実をはっきり認識したとき、生きることが楽になる」と、案外に淡々としている。

 また、「持つことの悦びよりも存在することの悦び」という言葉まであって、生存することの苦しみが意外に消失していく。

 さいごに、「生物の進化の速度と人間の技術の進歩の速さに異常な差のあることに恐怖の念を抱く」と、告げている。それは明らかに現代の人類が背負った「待ったなしの「環境破壊」という現象を指しているが、これもそれも「業」(ごう)というしかない。

 作者の一生がさわやかであることを祈りたい。


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