毒矢の文化/石川元助著

  • このエントリーをはてなブックマークに追加

毒矢の文化

「毒矢の文化」  石川元助(民族毒物学の権威)著
1963年に書かれたものの復刻版  紀伊国屋新書

 

 かなり古い時代に書かれた著作が復刻された裏には、類書がないという事情があるだけでなく、本書が労作だとの評価があるからだと推察する。

 毒矢とは刺す道具の尖頭に毒物を塗った利器をいうが、毒物は矢のみならず、吹き矢にも、槍にも銛(もり)にも、人類はこれを旧石器時代にはすでに発見、利用していたと考えられる。

 内容としては、ほとんど教科書というより学術書であり、むろん専門用語も多用され、こういう類の本に興味の持てない人にはお奨めできない。

 「歴史的には、ポルトガルの遠征隊がマレー半島で音もなく発射されるネグリート族の吹き矢に前進を阻まれ、スタンレー探検隊はアフリカ、ピグミー族の放つ毒先の集中攻撃にマスケット銃で応射したものの、多数の犠牲者を出すに至った。また、日本古代史によれば、蝦夷アイヌの放つ毒箭に出遭い、京都から出発した遠征隊は撃退されている」。

 「南アメリカの『クラーレ』毒先にいたっては、その威力がポルトガル人、スペイン人により誇大に伝わり、ヨーロッパ社会を恐怖させた。南米からクラーレ毒を持ちかえったイギリス人、サー・ウォルター・ウーリにより、クラーレは『アルカロイド』という名の重要な成分を含むもので、以来、医薬品としての価値を担っている」。

 「また、南米の南端を回って初めて太平洋に出ることに成功したマゼランはパタゴニアに上陸したときも原住民から毒矢攻撃を受け,、このときは死を免れたが、フィリピンに至り、セブ島の離島、マクタン島で土民の毒矢攻撃で死亡している」。

 「『毒と薬は紙一重』というが、毒性を帯びる動植物は全世界に約200種を超えて存在する。それらのうち、植物性の有毒成分についてはかなり詳しく明らかにされているが、動物についての毒物については未知の部分が相当に残されている」。

 「アジアを中心に狩猟用として使用される矢毒の代表的な物質は『トリカブト』のアコニチン、ストロファンツスのストロファンチン、アフリカを中心とする『イポー』のアンチアリン、南米に分布する『クラーレ』のツボクラリン四種で、アンチアリンを除き、三種は優秀な医薬品として現在も使われている」。

 「現在、毒矢の慣習が維持されている地域はアフリカ、南アメリカ、東南アジアの大陸圏のほかマレーシアがあり、狩猟生活に利用しているのはアフリカのピグミー、ブッシュマン、インドのヴェッダ、マレー半島のネグリート、フィリピンのアエタ、南米のアマゾ二アに住むインディオたち」。

 「毒」の語源はギリシャの「トキシン」で、元来「弓」を意味するから、毒物とは矢に毒を施す物質との意味だった。

 「なかには単独では毒性を発揮できないが、たとえば、苦扁桃の種子中に含まれる配糖体、アミグダリンと酵素のエムルシンを結合させれば「青酸」を分解生産し、猛毒となる。このように数種の植物や動物の毒を混合させて毒物の生産をした例は僅かではない」。

 「拮抗作用(毒への対処法)にも物理化学的作用がある。たとえば、青酸中毒の場合、チオ硫酸塩溶液を与えて分解しやすい。硫黄を送りこめば、青酸は無毒なチオシアン酸となる」。

 「アルコールとカフェインの関係にも同じ拮抗作用があり、アルコールは中枢神経を麻痺させるが、カフェインはこれとは反対に興奮的に作用する」。

 「毒キノコに含まれる有毒アフカロイド、ムスカリンには心臓博動の抑制作用があり、これに対してナス科植物に含有されるアトロピンはきわめて明瞭に拮抗する」。

 「自然に存在する動植物のなかには自ら毒を出して何らかの役に立てようとする種が多く、『種の保存』のためと考えるのが妥当だが、それだけでは説明のつかないケースがしばしば見られる。

 毒性を利用される種としては植物が最も多いが、根部だけでなく葉や茎を食い荒らしても中毒しない昆虫もいるし、海中なら毒性をもつイソギンチャクにクマノミという魚が共生している。また、冷血動物には効かないが、温血動物、変温動物には効くという毒もある」。

 「大きく分類すると、『トリカブト』を使ったのはヒマラヤ北部、コリヤーク、ユカギール、アレウト、ツングース、アリユーシャン列島、エスキモー、チュクチ族、カムチャダール、ゴチアック諸島、北海道のアイヌ、カムチャッカ、サハリン、アムール河下流域」。

 「イポー」はマレー半島で、クワ科の大喬木から採取し、アンチフリストキシンカリアと、フジウツギかのストリキノース・ウエリキアナが成分。また、マレー半島のほか、インドシナ半島、ハイナン島、スマトラ、ボルネオ、フィリピン、バタム、二アス、メンタウェイ、ジャワ、バリ、ティモール、セレベスなどが挙げられる。

 「トリカブト」には300を超える異名があり、属性植物は世界各地に500種ほど植生し、東アジアだけで119種が自生する。日本ではありふれた植物だが、南米、アフリカ、オーストラリアには植生せず、アメリカの北方地域から5、6種が報告されている。トリカブトには薬効もあり、漢方薬にも使われている。(江戸期、華岡青洲がトリカブトと朝鮮朝顔を使って麻酔剤をつくり、世界に先駆けて乳癌手術に成功したことは有名な話)。

 「アフリカは南北ともに、種類は異なるがやはり『イポー』の毒を使う。また、アフリカには毒性をもつ植物が広く分布しているという事情もある。また、毒をもつ昆虫や爬虫類なども使用している」。

 「ピグミーの使ったザムバリ蔓、カーゴ蔓などから採取される毒物はウィーンでの研究の結果、コンゴ地方に広く分布する『ガガイモ科』に属する蔓性植物だと同定された。また、リアンガの球根や茎には媚薬をつくる原料として広く知られている」。

 「ブッシュマンはユホルビア属植物の乳汁、蛇の毒、毒クモ、その他、毒性植物の枝をよく叩いて湖沼や河川に放り込んでおき、魚類が浮いてきたところを捕獲する」。(フィリピンにも同種の捕獲方法があるが、この手法で採取した熱帯魚は水族館で長生きしない)

 「北アメリカでは、トリカブトの根を矢毒に使うインディアン文化に関連がない。インディアンのポピイ族(モクイ族ともいう)は毒矢を使ったが、ガラガラヘビのベノームや穴蜂、毒蟻などをすりぶつした淡白系の毒で、トリカブトとも、イポーとも、クラーレとも関係がない」。

 「メキシコには幻想毒として『ペコットレ』がある。アルカロイドが含まれ、飲むと1、2時間後には酩酊状態になり、5、6時間は継続し、麻薬としての効果を発揮する」。

 南米の「クラーレ」には何種類かあり、アマゾン流域、ギアナ、オリノコ流域、ヴェネズエラ、コロンビア、エクアドル、ボリビア、ペルーなど、北部に偏っている。主に狩猟用に用いられたが、対象となった動物には野猿、アルマジロ、アリクイ、ナマケモノ、ペッカリ、バク、アヒル、ダチョウ、ワニ(目を射抜く)などがある。

 以上は本書の内容に関し簡単に要約したものだが、書中にはそれぞれの毒性、成分、地理的な変異、毒矢、吹き矢、槍、銛(もり)などを使う民族などについての詳細な説明がある。44年後の復刻版である事実は、本書の価値を暗示するものだ。

 また、本書を読むきっかけとなったのは、2007年6月11日に山崎幹夫氏の「毒の話」を書評したことに起因している。後者は主に麻薬関係の毒性についての話が多い。

 一般論としていえることは、毒矢、吹き矢、槍、銛などに毒を塗って使う習慣は広く分布しているとはいえ、概して未開の地で使われていた。作者は世界に散る毒性を利用してきた民族を、「トリカブト文化圏」「イポー文化圏」「クラーレ文化圏」に分類している。

 ただ、陸上の植物のもつ毒性についてはかなりの文献があるが、海中生物についてはかなり遅れており、ヒョウモンダコ、イソギンチャク、キロネックス(オーストラリアのクラゲ)、アンドンクラゲ(沖縄の南諸島)、フグ、芋貝(60種存在するが、うち2種、アンボイナ、タガヤサンミナシに殺人の実績がある)、カサゴ、オコゼ、ニラ、エイ、海蛇などについても、成分はもとより、的確な解毒剤に言及した著作はない。


前後の記事

現在はコメントを受け付けておりません。

サブコンテンツ