水は答えを知っている/江本勝著

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「水は答えを知っている」 江本勝著
副題:その結晶にこめられたメッセージ
サンマーク出版 単行本
2001年11月初版 (2006年までに18か国に翻訳され)国内で34の重版

本書は私が2005年4月22日に書評した「カオス」の雪片によく似ているが、主張する内容はまるで違う。

とはいえ、この作者も現代を「カオスの時代」(混沌の時代)と想定し、調和よりも分裂に向かっている実態、「アリ地獄」さながらの有様を嘆いている。

世界に色んな人種が存在し、生活、習慣、宗教、考え方もそれぞれに違うが、人間の体が70%水でできがっているという点は人種の違いによる相違はなく、だれもが同じ。 体内水分は受胎時に99%、誕生直後は90%、成人が70%、死に瀕した時に50%以下に落ちる。このことから「物質的に人間は水だ」といっていい。

「体内をきれいな水がよどまず、とどこおらず、流れていることが何よりも大切。 なぜなら、水とは生命力だから」

水は地球を循環している。降雨は地に入り、地下を通って、海に達し、海は高低差のなかで上昇下降と水平移動という流れをつくっている。ときに雲を発し、雷や稲妻、台風をつくる。

「雪の結晶は二つと同じ結晶体がない」は上記した「カオス」の作者の言葉と同じだが、本書の作者は水そのものの結晶を撮影することに腐心、成功した。本書にも、相当の数の水の結晶体の姿が世界各地の水を舞台に紹介されている。水というものの認識を根本的にあらためるべきことを訴えつつ。

水道の水は塩素が消毒用に使われるため、本来もっている美しい構造を完膚なきまでに破壊され、決して結晶体をつくらない。これに対し、自然水は世界のどこの土地のものであっても美しい結晶をみせる。川なら上流、湧き水、地下水、氷河が理想的。

有名なクラシック音楽を人が聞くボリュームで水に聞かせると、特徴のある美しい結晶体を見せるが、水を二つのグラスに入れ、紙に「ありがとう」と「ばかやろう」と書いて、別々に見えるようにしておくと、「ありがとう」を見た水には結晶体がきれいに撮影されるが、「ばかやろう」と書かれた水は腐って、結晶体はばらばらになるという。同じく「-しようね」と「しなさい」の、丁寧な語りかけと命令口調にも、同じ反応が得られた。

一方、「愛・感謝」と書いた水は、花が思い切り開いた形、最高の美しさを結晶する。

ここから「言霊は嘘ではなかった」という結論が導かれ、むかしから「植物に声をかけながら水をやると成長が早く、美しい花を見せてくれる」という話もなまじっか嘘や虚飾ではなかったのだと思わされる。

「社会がゆがめば、環境がゆがむ、そして、人の心もゆがむ」

「水は宇宙のドラマから人間の細胞一つ一つに繋がるドラマ」

ある日本人の感想として「水は単なる物質ではなく、大自然の生命力の現れであり、浄化作用、万物を生成化育する神秘的な働きをもっていると認識。心、念、波動が光の結晶に変化を示すのを目で見ることができ、それを通して心の概念、言葉の重要性を知った」とある。

「森羅万象は振動している。すべての存在はバイブレーション。それぞれが固有の周波数を発し、独特の波動で生きている」

作者の「水の不思議は、氷になると水に浮くことだ。水以外の物質は液体から個体になるにしたがって物質を構成する分子や原子の密度が高まり、比重が重くなる。ところが、水だけが個体である氷のときは分子が規則正しく並んで、隙間がない構造になっている。それが液体になると分子は十万倍も烈しく運動する。そして、隙間はどんどん埋められ、水の密度は高くなる。温度が4度Cのとき氷の比重は最も重くなる。冬の湖で外気温が凍結するほどの寒さになっても、湖底の水は4度Cに保たれ、生物らに環境的なリスクを与えない。水にこのような性質がなかったら、地球上に生物が存在することは不可能だったのではないか」

との言葉は重い。

「水が生命誕生の力だった。水なくしては物質同士は混じりあうことなく、循環システムも構築されなかった。水は生命を生み出す母であるのとともに、生命のエネルギーでもあった」

作者はさらに感情の波動について実験結果を披露する:

1.苛立ちは水銀と同じ波動。

2.怒りは鉛と同じ波動。

3.悲しみ、寂しさはアルミニウムと同じ波動。

4.心配、不安はカドミウムと同じ波動。

5.迷いは鉄と同じ波動。

6.ストレスは鉄と同じ波動。

作者は上記のように述べたあとで、人間のもつ108の煩悩と108の元素が、それぞれ対応しあうであろうという持論を展開、太陽系の惑星の数はこれに12を掛ければ108になる。いずれ、周期律表から、どの惑星がどの元素と対応しているかが判るだろうという。

さらに、「水はH2Oでるあるが、感謝が2、愛が1という関係。この比率で生きるのが人間にとって最高。われわれは足ることを知るべきだ」というが、同じことを13億人を越えた中国にも、10億人を越えたインドにも言って欲しい。

残念なことは、作者が文中しばしば童謡や御伽噺の話をしているのか、科学の話をしているのか判然としない部分が頻発することだ。また、「感謝しつつ美味なる水を飲め」といいながら、「コンビニやスーパーで売っているミネラルウォーターはダメだ」という。だったら、読者はどこに行って美味なる水を得よというのか?

また、言句に宗教的な色彩が混在するため、作者の科学性を疑いたくなることもあり、かと思うと、量子力学の世界的権威デイビッド・ボームを採り上げ、「量子力学では世界を明在系と呼び、その裏側に暗在系と呼ばれる、もう一つの世界が存在する」という説を提唱、「量子力学をはじめ、ユングの流れを汲む心理学や遺伝子学までが、私たちが住む物質の世界とは別に目に見えないものの世界が在るという可能性について言及するようになった」と、いかにも科学者的な発言をする。

「人間一人の中に宇宙のすべての情報がある。時間を含め、細胞の一つをとっても、それこそが全宇宙だ」という議論はむかしからあり、珍しい仮説ではない。

本書は解説された文章よりも、多くのページを割いた水の結晶体の写真が見事であり、これこそが世界の有識者の目を惹いたのであろう。ただ、こうした撮影の難しさを映すように、結晶体の写真のほとんんどは若干鮮明度に欠けてはいる。

とはいえ、こうしたトライアルを行ったのは本書の作者が初めてのことで、18か国語にまで翻訳された業績には意義深いものがある。


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