氷壁/井上靖著

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氷壁

  「氷壁」 井上靖著(1907-1991)

  1957年 新潮社より単行本 

  1963年1月 新潮社文庫化初版

 井上靖氏の著作はかつて一度も読んだことなはく、勝手に哲学者的な、頑固な、男らしい、迫力のある人物を想像していた。

 本書も「氷壁」というタイトルからは数百メートルもある冬季の雪をかぶった岸壁をロッククライミングする男たちの勇ましいノンフィクションタイプの内容を期待したが見事に裏切られた。

 登山の実態にせよ、男女関係にせよ、すべてが半世紀前の感覚によるストーリー展開で、どの部分の展開にも苛々を抑止できない。タイトルを「氷壁」としている以上、これは登山の話であって、まさか男女の物語だとは諒解せずに読む。結果的に、私個人としては詐欺に遭った気分を拭えない。

 さらに、本書で表現されるような男女関係は未だかつて見たことも聞いたこともなく、むろん、自分も経験はなく、日本人というより地球人を見ているような気がしない。また、登山にしても、いまどき、本書に出てくるようなロッククライミングはあり得ず、著者はどこまで山を知り、どのレベルまで女という生物を知っていたのかとの疑問が残る。

 むろん、小説というものは、自分が経験したことのない未知を教え、愉しませてくれるものだとはしても、理解不能だとしたら、学ぶことすらできず、登場人物が宇宙人のように感じては、不快が溜まる一方に終わってしまう。

 人妻にラブレターを渡す、人妻の家を訪問する、酒に酔った勢いで男女関係を結んでしまっただけの男と女が必要以上の執着をもつ、人妻を自宅まで歩って送るなど近隣の目があってできるはずがないのに、そういう部分への配慮がまったくない、亭主が在宅しているところにすらその妻に惚れた男が訪問する図々しさ、などなど現代の我々にはまったく不可解の一語というしかない。ひょっとしたら、そういう気の触れた心理こそが恋愛なのだと言いたかったのだろうか。

 なかに「美貌な女」とあるが、われわれは「美貌の女」としか使わない。 また、男尊女卑の気配が全編に抜きがたく漂っている。

 はっきりいって、得るものはなかった。 こんなものをNHKで2006年にドラマ化したこと自体が信じられない。

 作者は著名な知識人であり、数々の賞にも恵まれ、多くの作品も残している。なぜか、この作者の作品には触れずにきてしまい、この際との思いから手にとってみたが、人間関係に偏りが強すぎ、その事実が荒唐無稽な印象を与えてしまう。私には、同作者の他の作品を手にとる気が失せてしまった。

 この作者の作品の最大の特徴はシルクロードにあり、東西交流の現場となった土地への尽きない憧憬こそが優れた作品を生んだベースだったという観念が脳裏から消えることはない。 


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