江戸の密通/永井義男著

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江戸の密通

「江戸の密通」 -性をめぐる罪と罰  永井義男(1949年生)著
帯広告:江戸の密通の実態と、かなり厳しい刑罰とは?
2010年2月1日 学研より新書初版 ¥700+税

 

 江戸時代の「密通」とは、不倫、結婚前の性行為、心中、レイプ、少女への猥褻行為、近親相姦、僧侶の遊里遊びなど、すべてを含み、刑罰は過酷だったが、当事者が表沙汰になることを恥と考える傾向が強く、現代人の心理と相似した部分もあって、建前と本音とのあいだに微妙な間隔が想定されていたらしい。

 江戸期の刑罰は死刑、追放刑が中心で、そのほかに晒(さら)し、引き回し、獄門、磔(はりつけ)、火あぶりなど、「みせしめ」による残酷な刑が多かった。(「みせしめ主義は中国の真似だったようにも思われる)。

 当時、百万都市の江戸に警察業務に従事する人員がたったの24名だった。江戸での大抵の犯罪が処刑よりも内済(金銭による和解調停)で終わらせたほうが多かった背景である。

 とはいえ、あまりに間男(まおとこ)が多いため、大岡越前守はこれに対し、金一枚(7両2分)の罰金を決めた。

 江戸だけで、年間平均100人から300人が処刑対象になったデータが残っているが、いかに死刑が多かったが判る。死刑の場合、そのほとんどは斬首であり、同心(武士階級でも最下級武士)が受け持つ仕事で、一人の同心が隠居するまでに斬首した数は500件にも昇ったことが文献に残されている。

 また、処刑されるまでに牢死する例があまりに多いことに驚いたが、おそらくは衛生面や栄養面での手抜きが原因であっただろう。

 さらに、斬首された後、体の部分は試し切りの対象となり、新しく入手した刀など、切れ味を試したい武士が該当する刀を試し切りに使ってもらい、評価してもらうという習慣があった。ただ、時代が下がり、武士が次第に武士らしい精神を失ってくると、試し切りをすることを断わるケースが起こり、ために試し切りの専門家が出現したという。

 江戸時代に特徴的な現象は「心中に対する憐憫」「心中の美化」であり、心中が絶えなかった理由には身分を異にする男女に結婚が許されなかったこと、避妊方法がなく、結局は女が身重になって発覚するケースが多く、その結果、心中という手段が選ばれた。

 歌舞伎や浄瑠璃で心中ものがもてはやされた事実の裏面には、心中せざるを得なかった男女への憐れみがあった。
(避妊方法は何も道具を使わなくても可能だし、膣外射精もできる。男が無知だったというしかない)。

 江戸期の売春は、お上から承認された吉原の廓(くるわ)の女たちだけ「公娼」
 江戸四宿、品川、内藤新宿、板橋、千住、などは「準公娼」
 岡場所(江戸各地に存在した非合法の売春)は「私娼」

 この時代、町奉行が何度摘発しても、私娼が世の中から消えることはなかった。それは第一に、需要としての男たちが存在したから。江戸時代の若い男の娯楽といえば、女遊び以外にはなかった。また、江戸期には金持ちの町人が妾をもつ例が多く、結婚できない男が少なくなかったため、たまたま結婚できた知己がいると、その男が仕事に出かけたとたんから、男たちがその妻に言い寄ったというケースが多かった。

 ただ、いかなる刑罰も女に不利、主従の関係なら従に不利だったことは言うまでもない。さらに、少女がいたずらされても、その程度のことを性的な犯罪だと考える風潮はなかった。

 本書には、強姦、輪姦、少女への性的虐待、妻を寝とられたケース、主人の奥方を寝とったケース、大奥の女と寺を利用した性欲発散のケース、僧侶の女犯(にょぼん)のケースなどなど、それぞれの具体的なケースにも触れていて、本書のタイトル、副題、帯広告、いずれをも裏切らない内容になっている。

 

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