江戸の閨房術/渡辺信一著

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江戸の閨房術(けいぼうじゅつ)

江戸の閨房術」 渡辺信一郎著  新潮選書

 江戸時代の人々が性のことに関してあけすけで、おおらかだったことが如実に解る書籍。

 以下、学んだこと、および感想

1.江戸期にまとめられた好色本の類は、まず中国から伝わったものを手がかりにスタートした。

 日本人は「雨夜の品定め」でもわかるが、なにかというとランクづけにことさらの嗜好をもつ。女性の陰部を江戸人は開(ぼぼ)、陰戸、玉門、陰門ともいったが、これを外見、形状、膣内の様子からランクづけし、単純に「上付き」をナンバーワンに「下付き」をワーストにしている。

 西欧の女の大抵が「下付き」であるとはかねて耳にするところだが、これは宗教上の理由で西欧各国が協力、十字軍を編成し、数度にわたって中近東の砂漠地帯に兵を送ってイスラム教徒と戦火をまじえたことにそもそもの原因があるとの説。それぞれの戦闘が長期にわたったため、十字軍兵士はその地域に数多く放し飼いになっていた羊を相手にバックからファックすることで一時的に性欲を発散させた。そのため、帰国後もその癖が抜けず、女たちを後背攻めにし、それとともに女たちの陰部の位置が次第に変化、下付きになったといわれる。信憑性については知らない。

 結論からいって、陰部が上か下かで優劣はつけにくく、どこにあろうが、やり方は幾らもある。私見だがこうしたランキング表はマニアックにつくられたものとはいいながら、当時の読者に誤解をも与えたことと思う。

 まんじゅうを二つあわせたようなとか、タコに吸いつかれるようなとか、巾着とか、そのような表現は「ミミズ千匹」とも「潮吹き」とも通ずるものがありはするが、結局のところ男の側からの一方的な評価に過ぎない。

2.セックスに関する研究書が多数あったという事実には大したものだと思う反面、当然という気もする。人類は古代にさかのぼれば、さかのぼるほど、娯楽や遊びの少ない環境となる。とすれば、性のことは人々にとって明らかに大きな関心事であり、生活をエンジョイするよすがの大部分を占めていたはずだ。「貧乏人の子沢山」とも「律儀者の子沢山」ともいうが、「貧しい国ほど人口が増える」はそのあたりの事情を暗示している。

 問題はそのような文献が一般の庶民の手まで届いていたかどうかである。 当時の日本人のほとんどは文盲(平仮名は読めたらしいが)だったから、絵図面でしか理解できなかったであろう。

 文字とともに絵もあるにはあるが、「春画」や「あぶな絵」をふくめ、当時の絵師は男根をことさら巨大なものに描き、これでは女性の、とくに処女の教科書としては、恐怖をもたらしただけではなかろうか。 アメリカにいたとき、公衆トイレで隣のアメリカ人にのぞかれ、「なんだ、日本人のも並みではないか」とコメントされたことがある。

3.本書に「口吸い」についての記述がわりと多い。キスは閨房において性のことを行う前戯として考えられていたようだ。(接吻という言葉は明治以降につくられたと聞く)。

 当時のセックスの言葉: 「色事」「色道」はいまも使われるが、「房事」「閨房事」ということのほうが多かったらしい。吸茎はフェラチオ、舐陰はクリニングス、核(または実)は「さね」と読みクリトリスを表し、男根は「陽茎」とも「陰茎」とも書いて、「マラ」と読んだ。当時の男はクリニングスは獣を想起させるので、あまり好まなかったらしい。生理中の女ともしないことをよしとした。

 戦後の若者に比べ、江戸時代のほうがセックス情報が豊富だったことが判る。セックスに関する情報の少ない地域では、いまなおフェラチオやクリニングスを知らない人間が多くいる。女性が生理中に寺院などへの入所を禁ずる土地では、生理中の女性とのセックスなどは論外。

4.生娘(きむすめ)、あるいは未通女(おぼこ)は最近耳にしない言葉だが、当時の結婚適齢期は14、5歳、現代と違って、当然ながら生理もはじまっていない少女。色気などあるわけがない。そこで、色情を学ばせるべく遊女屋にともない、女郎の立居振舞を見学させつつ好色本を見せ、注釈を加える。するうち色気が誘発され、初潮が促されるという。

5.当時の女の言い分:

 男にも器用、不器用あり、女との交合の仕方に巧拙あり。下手な男は男根をすぐ奥深く根元まで入れたがり、そのうえ激しく腰を使うことで、女が喜ぶと勘違いしている。女の体への理解が足らず、女が男より遅れて頂点に達する過程を無視している。(これは男が我慢できず、先に頂点に達してしまう例が多かったからであろう)。男は一物が大きく、精力的であることを自慢したがるが、こういう男は概して女体を知らず、技巧的に拙劣。

「淫して漏らさず」(精液を無駄に浪費するなの意であろう)、「抜かず三交」は男の甲斐性。女が三度オーガズムに達するまで男は射精を控えろとの意味。むろん、射精しても、すぐ次が可能になる精力家なら、「抜かず三交」どころか、「四交」も「五交」もできたであろう。

6.「よき交合は諸病を癒す」との言葉が多く、違和感がある。ただ、精神的なストレスを解消するとの意味なら納得。

7.淫液(女陰から湧出するオルガニズム時の液体)について、以下学んだ。

 イ  スキーン氏腺液は尿道口の両サイドの微小な孔からにじみ出る。
 ロ  バルトリン氏腺液は膣口の下方にある微細孔から湧出し、これを「先走りの水」といった。
 ハ  膣液は膣内部のGスポットから出るらしいが、現代科学では「膣の汗」と称する。気持よくなると、膣壁から汗のように潤滑液がしたたる。(Gスポットは存在しないという学説もある)。

 世に「潮吹き」と呼ばれる淫液がある。女陰の愛液はいまも神秘に包まれ、現代科学でも究明されていない。 上記のイ、ロ、ハについても知っている男は少ないだろう。

8.男色

 「衆道」ともいうが、僧侶の世界からはじまり、武家の念契(生死をともにして相互扶助に徹する契り)に転じ、戦国時代のあと風習として残り、「肛交」を愉しむ風潮が生まれた。アメリカ海兵隊でいう「バディ・システム」(二人の兵士がペアを組む方式)を想起させるが、バディ同士にも男色はあり得るだろう。

 肛交は肛門(菊座ともいう)を使うため糞便がつきまとう。はじめは山椒の粉を肛門に塗り、差し込むと、ひりひり感と痛みが痒みをともない、挿入の痛みを忘れさせるという。

 若い男を衆道に導く方法: 

 小指から段々に太い指を挿入して慣れさせ、さいごに指二本を挿入、これに慣れてから一物をという手順。 現代の菊座を使う男たちには、たぶん、かれら自身の工夫したやり方があるに違いない。私自身に男色の好みはまったくないけれども、現代の男色家がどのような手法を用いるのか、聞いてみたいという気持ちはある。「ホモ」「オカマ」「ニューハーフ」「シスターボーイ」などなど、私にはどれがどう違うのか見当すらつかない。

 戦国時代、織田信長と前田利家、織田信長と森欄丸とは公然たる男色関係だったし、男色の関係にあった武将は少なくなかった。

9.女たちの自慰:

 主に奥女中が退職後にやったとある。 一人でなら「張形」(コケシみたいなものだろう)を、二人でなら「互い形」を使う。「互い形」とは二本の、陰茎に似たものをほどよい角度につなぎ、女同士が互いに挿入して行うもの。

10.その他:

 「よい気味」とは「いい気持」の意味だった。現今は悪い意味にしか使われない。

 本書は交合のことばかりが強調されすぎ、本来あるべき入念な前戯、言葉の交換、愛撫の仕方、演出の工夫などにはあまり触れていない。

 ただ、「江戸時代の男たちも好きだったんだな」と妙に感心はした。

 現今、グラビアアイドルに代表されるような、女の裸の写真が雑誌に掲載されはするが、性交そのものの写真掲載は禁じられている。ところが、絵なら問題はないらしく、江戸春画の本には性交を描いた絵が満載されている。しかも、そういう本がいまも書店に平積みされている。

 書が労作であり、世に出たことに価値のあることは強調しておきたい。


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