海からのメッセージ/フィオナ著

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「海からのメッセージ」 フィオナ(イギリス人女性)著
熊谷鉱司訳
1999年2月 文渓堂より単行本初版  ¥1500+税

 

 タイトルからは「地球環境の悪化を訴える内容」というイメージがあり、実際にその通りなのだが、全編が詩情に溢れ、そういう流れで一貫している。

 作者はバイオリン奏者であり、イギリスの北部、スコットランド西岸に在るアイレーという名の島でアザラシと出遭ったことから、アザラシとの関係が深まり、棲息環境の変化にまで筆が及ぶ。

 出遭いは以下のように始まる:

 「海岸でバイオリンを弾いていると、海面にアザラシが顔を出し、そのままじっと聞いている。曲が終わり、楽器を置くと、アザラシは水面下に消えていった」。

 さらに、別の機会:

 「小さな岩に腰かけてバイオリンを弾いていると、近くからフンフンと鼻を鳴らす音がするのに気づきました。演奏を続けていると、やがてアザラシは岩のそばに姿をあらわし、すべるように泳いできて、こちらを見ました。そんな大胆な行動に励まされて、わたしはバイオリンを弾きながら2メートルほど海の中に入り、腰まで水につかりました。このアザラシはまだ若いオスで、いきいきとした瞳が子どもっぽいむじゃきな好奇心をものがたっていました。まもなく同じくらいの大きさのアザラシがもう一頭やってきました。バイオリンと同じ高さでニ頭は前に後ろにゆっくりと波にただよっています。わたしはもう夢中でした」。

 アザラシとの関係が深まるなか、病気になって動けなくなったアザラシを助けたり、翼を傷つけたカモメを治したり、野生に戻るまで世話をする過程のなかで、海にビニールの紐やプラスチックのゴミや洗剤のボトルなどが目立つようになり、アザラシの死骸を目にすることも増えてくる。

 そうしたときの詩:

 不安な雲がたちこめる
 どれほどの死がおそったのか
 きょうはアザラシだけど、明日はいったいだれ
 人間のおろかな行為に苦しむのは

 作者の夫が「海岸にグランドピアノを置いてみるのはどうか」と提言、音楽仲間の一人が転居することになり、グランドピアノを売りたいと意思表示したのでそれを買うことに決めた。ピアノは四輪駆動車で運び、干し草をつめ、夜露に濡れないよう防護カバーをかけて海岸に置いた。

 夫が発案したピアノ作戦は狙い通り、メディアの関心を煽り、カメラが向けられ、人々の知るところとなった。

 イギリス人のなかにも、このようにタッチの柔らかい文章を書く人がいることを認識させられた。文章から窺える景色はイギリスの寒い北海のイメージではなく、淡彩で、しっとりしている。そう感じるのは、そこに作者の柔らかな精神というより視線が潜んでいるからだろう。


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