海を見にいく/椎名誠著

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書評:ためいき色のブックレビュー-海

  「海を見にいく」 (写真・文) 椎名誠(1944年生)

  帯広告:あの人と一緒に見た海/記憶の中の海/旅で出会った海

  2010年3月1日 新潮社文庫初版

 過去に作者が訪れたり触れたりした国内外の色々な海の印象、風景、思いなどを綴ったもので、それぞれの小タイトルに作者自身が撮影した写真が添えられ、読みやすく、かつ楽しい。

 読み手として特に記憶に強く残ったのは以下:

1)野田知佑が書いた「カヌー犬・ガクの一生」の主人公、ガクとは作者もつきあいがあったらしく、ガクがほんの仔犬の頃の琵琶湖でのエピソードから、大人になって共に北海道の十勝川をカヌーで下る話まで書かれている、「海に出た犬」。

2)かつて東京湾が埋め立てされる前、作者が生まれ育った幕張の海には海苔、アサリ、ハマグリなどの養殖が行なわれ、遠浅の海がはるかな沖合いまで続いていて、夏は潮干狩りが風物詩だった。作者はその頃の海の様子や友人らとの楽しい思い出を語りつつ、埋め立て後の海との対比のなかで感慨深いものを披瀝する、「幕張の海」。(私自身も子供のころ、養殖場からハマグリやアサリなどを盗んできて、コンロの上に網を置き、焼いて食べたものだ)。

3)江戸時代、嵐に遭遇、日本の太平洋沿岸から大海原へと流され、アリューシャン列島の一島、アムチトカに漂着、幸運にも時のロシアの支配者、エカテリーナに謁見、帰国するための手立てを提供してもらった大黒屋光太夫の史料から、アムチトカのどの地点に漂着したかを確認したいばかりに、アメリカ本土から小型機をチャーターして同島に降り立ったが、目的が達せられなかったばかりでなく、島がアメリカ軍による水爆の実験場になったことがあり、今では無人島と化し、生き物の姿すらなかったという、「絶望の島」。

 (絶望の島という意味なら、ビキニ環礁に落とした50発以上の原水爆のほうがはるかに非人道的だし、アメリカ人の常識というものさえ疑いたくなる)。

4)息子の釣りにつきあいながら、自分は海の撮影を目的に出かけた際の話。自分が背後の丘に登って海を眺めたとき、釣り人の目線からは判断できない危険を孕(はら)む波のリズムやサイズが高いところからは容易に見て取れることができることに覚醒、そのことを息子に告げるべく釣り場に急いだが、タイミングが遅く、大きな波が堤防を乗り越えて崩れ落ちてきた話、「オバケ波」。

 そのほか、南米のマゼラン海峡やオーストラリアのヘイマン島、インド洋のモルディブなど、多くの海外の海も本書に収められ、楽しいというばかりでなく、癒される内容となっている。


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