潮騒/三島由紀夫著

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しおさい

「潮騒」 三島由紀夫著  新潮文庫

 

 本書は三島29歳のときに書かれたものだが、作家としての名ははすでに確立されていた時期のもの。

 デビュー直後から天才として騒がれ、どの作品も世界各国語に翻訳されて順風満帆といった作家活動に反発を感じ、あえてこの作家の作品を手にしたことはなかった。それが今になって一冊くらいはと不意に思い立ち、書店の棚から本書をピックアップした。理由は単純で、本書が薄かったからだ。

 内容はことさら天才作家と呼ばれた人の作品とは思えぬくらい平凡な男女の恋愛を描いたもので、文章のつながり具合もよく推敲されたものには思えなかった。

 ところが、解説を読んでみると、三島は強烈なドラマをうちに秘めた人物、血なまぐさく破壊的な犯罪へと突き進まざるを得ないような性格を好んで描いた。エクセントリックな異常人格に対する偏愛が窺え、その意味では「潮騒」はあまりに普通、平凡、単純で、三島という逸材にしてはかえって異色の作品だとある。

 とすれば、三島文学に触れようとする意図で一冊だけ選ぶという目的には適当な作品ではなかったことになる。

 ただ、本書は三島がギリシャに旅したあとに書かれたもので、エーゲ海が念頭にあったのではないかという。

 あえて本書から所感を述べるなら:

1.女の裸体を見るだけで、その女が処女か否かがわかるようなことが二度にわたって書かれているが、これに百パーセント信憑性はない。

2.川端康成の文章に比べ、三島の文章には硬質な印象がある。川端の柔に対し剛という印象。その意味では、論理的で格調のある三島の文章のほうが川端のそれより外国語に翻訳しやすいように思える。川端の繊細で優美な文体は、英語に翻訳するうえでも苦労が伴うだろう。

3.「文章作法」という点で、三島はオノマトペ(擬態語/擬声語)を卑しみ、文章の品格をおとしめるという意見をもっていた。そのことに反発した私は一時期、俳句、和歌などをしらみつぶしに調べたことがある。とっさに頭に浮かぶ俳句にも、たとえば蕪村の「春の海、ひねもすのたりのたりかな」、小林一茶の「きりきりしゃんとして立つ桔梗かな」もう一人、秋元不死男の「鳥わたる、こきこきこきと缶切れば」など人口に膾炙した俳句があり、そのことも三島への反発を一層強めた覚えがある。

 三島の性格にも、文体にも、官僚臭が漂っているように私には思える。いま三島が再評価されていると聞くが、残念ながら、この人の別の作品を手にしようという気はいまのところない。


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