無人島に生きる十六人/須川邦彦著

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「無人島に生きる十六人」
須川邦彦(1880-1949)著
1948年 講談社より単行本初出
2003年7月 新潮文庫にて文庫化初版

 

 本書の表紙を飾るマンガチックな島の絵が目を惹き、と同時に、少年時代に読んで血を沸かせ、肉を躍らせた、「十五少年漂流記」を想起、つい手を出した。

 驚いたのは、この物語のベースが明治31年に現実に起こった帆船による難破だったこと、至近距離にあった無人島へ十六人が避難、3か月の後、偶然通過した日本船に救助されるまでの実話を、素人が聞きかじりで書き上げたため、文章は一般に出版される書籍のレベルに比べるとかなり程度が低いことはやむを得ない。

 みずから動力をもたぬ帆船の脆弱さにも一驚を喫したが、南を目指した帆船が西からの強い風と雨(たぶん低気圧)に煽られ、ハワイ諸島はオワフ島のホノルルまで漂流状態でたどり着いたあげく、現地に移民していた日系人の義捐金によって修繕が可能となり、ハワイ諸島に沿って日本に帰還する途中、再び難破、無人島生活を余儀なくされる物語であり、多少の聞き間違いや、誇張、意図的な書き換えはあるだろうが、基本的にはノンフィクションの体裁をなし、事実の積み重ねを写す筆が、拙い文章ながらも、牽引力となっている。

 小笠原諸島がかつてアメリカの捕鯨基地として使われていたことは知っていたが、日本の領土として認められたのが明治8年だったこと、当時、この土地にはアメリカ人の血を受けた日本人が(帰化人というべきだろうが)かなりの数で存在していた事実。 それ以前、小笠原は無人島であったらしく、アメリカ人捕鯨員が「あれはなんという島か?」との問いに、日本人が「無人島です」と答えた発音「ムジン」を「ボニン」と聞き誤り、日本の領土となるまで、アメリカ捕鯨員のなかでは「ボニン・アイランド」として知られていた事実、これも初耳だった。ただ、つい最近まで、容貌がまるで白人の様相を呈していた老人が居住していたことは知っていたが。

 また、ハワイ諸島がミッドウェー島まで連鎖していて、点在する数々の島々によって構成されていることも初めて知った。ちなみに、オアフ島とミッドウェー島とはおよそ2000キロ離れている。

 ワシントン条約のなかった時代では、亀のタイマイ(甲羅を帯止めやカンザシや眼鏡のフレームに使った)、アオウミガメを大量に捕獲して食用や油脂に使ったという背景もよく理解できる。

 さらに、明治の人が、現代の一般ダイバーが知っているサンゴ礁や熱帯魚の名前などを知悉していたことにも感心した。

 ただ、指揮官の統率力に乱れがなく、規律が無人島での生活を破綻なく送らせ、部下である船員十五人が一人の例外もなく一致協力する姿には、むしろ違和感があり、逆に、多少の破綻や乱れがあったほうが物語りとしては面白くなったのではないかという気がしなくもない。本書をまとめた作者にも、「十五少年漂流記」や「ロビンソン・クルーソーの冒険」などが頭をよぎったであろう。むろん、3か月が3年だったら、指揮官の統率力が最後まで維持できたかどうか、船員の協力を得られたかどうかについては即断を許さないし、死活問題に発展した可能性も否めず、と同時にノンフィクションとしての内容も相当程度違ったものになっていたであろう。

 それにしても、この本は少年時代の「世界少年少女文学全集」を思い出させ、母親から買ってもらった、全集をかたっぱしから読んだことが脳裡に蘇る。何度も読む本と一度きりでやめてしまう本とに分かれた。当時、私の心をとらえて離さなかった本はここで紹介した漂流記のほかは、三国志、三銃士、母をたずねて三千里、水滸伝、西遊記、二都物語だったが、懐かしい思いで胸がふくれた。

 捕鯨禁止を声高に宣言するアメリカが当時は世界を股にかけて捕鯨に精を出し、日本の宮城県金華山沖では無数のクジラを捕獲した史実もある。


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One Response to “無人島に生きる十六人/須川邦彦著”

  1. kanbe49 より:

    小笠原が無人島とは初めて知りました。

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