犬として育てられた少年/ブルース・D・ペリー、マイア・サラヴィッツ共著

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犬として育てられた少年

「犬として育てられた少年」ブルース・D・ペリー、マイア・サラヴィッツ共著(米国人)
副題:子どもの脳とトラウマ
訳者:仁木めぐみ  解説:杉山登志郎
2010年2月1日 紀伊国屋書店より単行本初版 ¥1800+税

 
 作者は米国チャイルド・トラウマ・アカデミー上席研究員であり、FBIのコンサルタントでもある。

 子供が幼児期に経験したマイナス要因(トラウマなど)がどのような影響を与え、後日に顕現するかを、作者の接触した色々なケースから紐解く内容。親子の間に交わされるスキンシップや愛情をベースとした絆の有無で、人間形成に天と地の差を招来することが各ケースごとに語られる。表題となっている「犬として育てられた少年」もそのうちの一ケース。

 *1980年代にPTSD(心的外傷後ストレス障害)という言葉が登場したが、これは戦場で精神的に強いショックを受けた少数の兵士だけにかかる稀な病気と考えられていたが、レイプ被害者や自然災害に遭った人、生命を脅かされる事故や怪我を経験したり目撃したりした人も、トラウマになることが稀ではない。そして、トラウマは大人より子供により深刻な問題を残す。

 *幼少期に受けたストレスは脳の構造と化学的性質に永続的に影響、文字通り一生消えない刻印を残すことがあり得る。最も効果的な治療は該当する子供の日々の人間関係の質と量をアップすること。

 *里親に育てられ、その間愛情というものを知らずに過ごしてきた母親が18歳時に妊娠、出産する。子に対して愛情をもつことができなかったが、機械的に授乳だけはした。自分が体験として知らなかったため、どのように対応すれば子供が喜ぶか解らなかった。感情的なネグレクト(無視)が子供の体重を増やさず、同じ年齢の子に比較し、成長が著しく遅れていたため、母親は子を病院に同行、診てもらった。

 医師は母親が子を連れてきたことで、母親に問題があるとは全く思わず、胃腸の薬を服用するようアドバイスしただけで診断を終えた。本来、母親なら、子供をさすったり、抱いてゆすったり、揺らしたり、触れたり、キスしたり、話しかけたりするものだが、この母親はそういう情動的なことは一切せず、それが子供にとって大きなストレスになっていることに気づくこともなく、結果として、いくら食事を与えても、体重が増えないという外見だけが母親の目に映った。

 別の母親は長子を生んで、普通に育て、その後、次子を生んだときは働きに出るようになり、次子は長時間にわたって一人ボッチにされる毎日を送ることになったが、この次子にも上記したケースと同じ「情感の欠落からの心的解離現象」が起こる。例外なく、摂食障害、会話能力障害、認知能力障害、運動機能障害などに見舞われる。

 いずれのケースでも、チームをつくり、該当者と接触する人間を決め、毎日、少しずつ、触れる、話をする、一緒に歩く、食事をするなどというメニューを忍耐強くこなしていくうちに、めざましい変化をみせ、人間として回復する。

 タイトルにある「犬として育てられた少年」の例を以下に紹介する。

 *母親は15歳で男の子を生み、産後2か月でこの世を去ったため、子は祖母のもとに残された。祖母は愛情豊かな人だったが、肥満が原因の深刻な病気をいくつも抱え、子供が生後11か月を迎えたとき、入院し、そのまま死去した。その後は、祖母の恋人で同棲していた六十代の男が面倒をみたが、体力も精神力もなく、児童保護局に電話し「引きとってくれ」と依頼したが、断わられた。

 男は犬のブリーダーだったというだけではなく、子を育てた経験もなく、人間の子に何をしてやるべきか解らず、子を犬の檻に入れておき、オムツの交換はしたが、一緒に遊んでやるなどはしなかった。

 2歳になっても、男の子は歩くことも、最低限の単語を口にすることもできなかったので、病院に連れていったが、「非進行性脳症」と診断された。病院の人間は担当した医師をはじめ誰もこの男の子がどのような環境で暮らしているかを尋ねなかった。

 5歳まで同じ病院で診てもらったが、CTスキャンでは大脳皮質に萎縮があることも判り、アルツハイマー病の進行とそっくりの状態だったが、病院ではいつ訪れても、同じ検査をくりかえすだけだった。男の子は行動力、認知力、言語能力など、すべてにわたってほとんど成長していなかった。5歳になっても、1歩も歩けず、話すこともできなかった。男の子がどのような環境下で育っているかを知らぬ医師たちは脳をつかさどる機能のほとんどが当たり前に機能していないようだと診断しただけ。

 6歳になったとき、作者が呼ばれたが、男の子は小児集中治療室に入っているか、鉄柵に覆われた檻の中のベビーベッドにいるかだった。ときに奇声を発したり、自分の排泄物や食べ物を人に向かって投げたりした。

 作者はこの男の子に対しても、時間はかかったが、機能回復を目的に、それぞれ機能別にチームをつくりメニューをつくって対応した結果、男の子もまったく当たり前の子供に回復した。

 本書にはほかに、親がオカルト教団のメンバーだったケース、母親がコカインの常用者だったケースなどなどが具体的に詳しく書かれており、「人間らしさの形成」というものが親子間のスキンシップ、会話、親子間を往き来する感情や心情という、きわめて一般的で、きわめて普通の、親子の絆であることを、あらためて思い知らされた。


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