狂気と王権/井上章一著

  • このエントリーをはてなブックマークに追加

狂気と王権

 

 「狂気と王権」  井上章一(1955年生)

  講談社学術文庫  2008年2月文庫化初版

  原本は1995年に紀伊国屋書店より刊行

 本書の内容の大半は、戦前戦後に起こった皇室に対する不敬罪であって、上記タイトルからは内容への洞察が私に欠けていたことを告白せざるを得ない。

 作者はノンフィクションの心算で書いたようだが、この類の資料にせよ文献にせよ、簡単には入手し難く、ノンフィクションというより、憶測で書いた部分が多く、史実を明らかにする目的にも粗漏があり、しかも、戦前と戦後では、こうした問題への国民の感情にも、法的な手続きにも、大きな落差があって、同列には語れない。戦前、戦後に起こった皇室のからむ事件を、津田という巡査がロシアのニコライ2世に切りつけた事件も含め、作者は細かく渉猟してはいる。

 単純な言い方をすれば、「戦前は不敬罪の犯人が精神病を病んでいたか、いなかったかに拘わらず、単に「不敬罪」として処刑する形をとり、戦後は不敬罪という罪がない以上、当局としては、当人を精神病であるか否かにかかわらず、精神病であることにして、大方は裁判にもかけず、入院加療jか観察保護か自宅謹慎という立場に置き、戦後しばらくは警察による尾行をつけるという手法を採ったというだけのことで、こうしたことをわざわざ書くことに、どの程度の意味や意義があるのか不分明。

 「天皇制は万人によって等しく肯定されているわけでは決してない」のは事実だが、1959年に現天皇が皇太子時代に成婚パレードを行なった際、19歳の若者が投石し、あげく馬車によじのぼろうとしたところを警察官に取り押さえられたことがあった。その折りの犯人の弁は「自分の高校校舎が焼失し、再建するために関係者が4,000万円の資金を集めるのに酷く苦労したのに比べ、皇太子夫妻には東宮御所を2億3千万円もかけて新築したことが赦せなかった」とあるが、この発言には私も納得がいく。天皇制を維持することには宮内庁の存在、そこで事務を執る多すぎる公務員への給与、膨大な税金が必要なことに、私はかねてより疑義を感じている。

 作者も若干触れているが、天皇が僥倖するにせよ、皇后や皇太子が訪問するにせよ、宮中から外出する都度、国内であれば、宿泊先の事前チェックと防備、日程上移動する道路周辺の警備、該当する土地における狂人、精神病患者の有無を調べるために、多くの機動隊や警察官、東京本庁からの指揮官などが現地に赴かざるを得ず、必要なコストも人件費を含め、膨大な金額に昇る。

 私はある県で、むろん、戦後のことだが、ホテル経営に預かっていたことがあり、皇室の方をお迎えし、宿泊していただいたことがあるが、その折りの、機動隊長からの指示は:

 1)皇室の方は最上階に宿泊していただき、同フロアーには宮内庁の人間しか宿泊させない。

 2)直下のフロアーにはマスコミだけ宿泊させ、その他の人間に部屋を使わせることは赦さない。

 3)最上階、直下のフロアーにある部屋は全室、事前にチェックする。バスルームには天井に入ることのできる部分があるが、そこにはチェック後にシールを貼る。

 4)ホテル周辺の下水の蓋はすべて揚げて、チェックする。

 5)当日の宿泊予定者の名簿を事前に提供すること。それによって、各県警に身元を洗わせる。

 6)当日、チェックインする宿泊客の携帯する荷物は、警察としてはチェックする権利がないので、ホテル側にやってもらう。

 その他、飲食に関することなどあったが、主だったことは以上の6点だった。私が(6)について拒絶すると、東京からの指揮官が「もし、万が一のことが起こったら、ホテル側の責任になりますよ」と脅かされ、やむを得ず、応じたところ、数人の若い女性客からは泣きながら抗議された。

 上記した条件で解るとおり、当日はいやでも空室が多く、得べかりし利益は喪失するし、同日の宿泊客からはクレームがつくし、私個人としては、「営業妨害」だとの感触があり、正直なところ、踏んだり蹴ったりされた印象しか残らなかった。当時の社長が「名誉なことだから」という意向を示したため、受け入れには反対しなかったが、戦後、時間が経過するにつれ、皇室の宿泊希望を拒絶するホテルや旅館が増えていると聞く。

 まして、海外に皇室の方が訪問という事態になれば、相手国としても警備に万全の配慮をし、相当の出費を強いられることになる。現皇太子の妻、雅子さんが外国語に堪能で、その才能が生かせるのではないかとの思惑や期待もあって、結婚に踏み切ったと仄聞するが、才能は生かされることなく、宝の持ち腐れで終始している。雅子さんが「自分が生きる」と思って宮中に入ることを肯んじたとしたら、大きなミステークだったというしかないし、ノイローゼ気味に陥った理由も理解できる。

 現在、日本人で最も不自由をかこっているのが皇室の方々であることは事実である。

 本書では、私が経験したことなどには触れていないし、まして、外出に伴う膨大な支出などにも、海外での受け入れ態勢にも触れていず、後半は西欧の王権についてスペースを割いただけで終わっているが、本書に価値があるのかどうか、私には判断がつかない。


前後の記事

«  (前の記事)

(次の記事)  »

現在はコメントを受け付けておりません。

サブコンテンツ