狂気/ロイ・ポッター著

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狂気

 

   「狂気」 原題:Madness  ロイ・ポッター(イギリス人)著(1946-2002)

   田中祐介、鈴木瑞実、内藤あかね共訳  

   岩波書店刊 単行本  2006年11月初版

 本書は「狂気」「精神病」について、記録が残されている時代以降の、西欧における社会的な対応、治療、考え方などの変化について書かれたもの。

 結論としては、「医学は20世紀のあいだに長足の進歩をとげたが、脳における精神に対応する機能についての知識はいまだに曖昧」という、ランセットの言葉に要約されているように思われる。

 解説者は「狂気は脳という臓器の生活習慣病」といい、「環境世界への違和感は狂気の萌芽」という。

 文中、「ホモサピエンスには狂と愚がつきもの、この謎めいた二重性に盛られる難問と矛盾」との言葉には感銘を受けた。

 西欧ではキリスト教がギリシャ哲学とは異なり、「理性」を人間の本質とは考えず、罪、神意、愛、信仰を重視した。黙示録では、人間のことより、霊的世界、天使、聖人、霊魂、魔王、幽霊などを語り、狂気を呪術によって治療することから出発。人間の頭蓋骨の粉末が薬用に使われもした。

 以下は、学んだこと:

1.奇人、変人、困り者、乱暴者らを社会的に抹殺するために、「狂気」を捏造し、排除するという社会がつくられた。米国のシラキューズ大学のトマス・サズは「精神病なるものは存在しない」とまで断言した。

2.狂気については、臨床での発見を主観をまじえずに描写、伝達すべき客観的な方法がない。

3.中世ルネサンス期には、妄想と乱心を悪魔の憑依と捉え、痴呆患者を魔女の匂いがするとして、拷問と処刑を行った。

4.15世紀後半から1650年前後に「魔女狩り」が絶頂を迎え、およそ20万人が処刑された。ヒステリーを起こす女性もその対象となった。

5.精神異常者は歴史的に家系的な血を問題にされ、責任を求められたから、家族はあらゆる手段を講じて患者を閉じ込めた。家族にとっては、それを恥と考えざるを得なかったからだ。

6.フランスでは白痴、狂人、生活保護者、軽犯罪者、浮浪者、街娼、理性喪失者など6000人が監禁された。

7.精神異常者を隔離するための施設が西欧にも米国にも建設され、商業上の利益を得るという考えが生まれ、「狂人商売」との言葉で呼称されるようになったが、施設の建設ははからずも臨床実権の場を与えることにもなり、変容を余儀なくされた。適切な設備、適切な運営、異常者に健康を回復させることを目的とする見解が標準になった。

8.フロイトは「世界が狂っているのではないか。文明そのものが精神病理に侵されているのではないか」と、1930年、その著書「文明とその不満」に書いている。

9.治療法の変化: 人間尊重を軸とし、狂気は患者の内なる理性の統御破綻であると考え、精神余力を励起する必要がある以上、強制ではなく、内での自己統制を促す手法を採らなければいけない。患者の個人、個人に合った閉鎖病棟をつくり、効果を重視する姿勢が正しいとの考え方に達した。

  以後、精神異常者の監視の権限を教会から医師へと移した。

10.上記した理由により、西欧各国とも施設を増やす傾向が高まったものの、施設への収容者が急増、「開かれた施設」というイメージは崩壊した。19世紀後半には、退院患者は激減、生ける屍のような長期在院患者が施設に堆積して、治癒率は下落。施設は打ち棄てられた病人の、いわばゴミ捨て場と化した。

11.「狂気の引き金となる原因は、脳神経の急激な活動であり、精神異常は神経障害であり、脳の興奮状態において何らかの不均衡が存在する際に生じる」としたのは、カレンで、「ノイローゼ」という言葉を創出した。

12.無言症、夢遊病、幻覚、偏頭痛、癲癇発作、脳性麻痺など、さまざまな障害が精神異常と想定されたが、ジェームズ・パーキンソンが指摘したことから、「パーキンソン病」と命名された。

13.また、性的倒錯(獣姦、露出狂、フェティシズム、サディズム、マゾヒズム、衣装倒錯、同性愛、小児性愛)なども、精神異常とされた。

14.1843年から、精神異常者による犯罪で、被告が善悪の判断が不可能だったという点に基礎を置いた裁判がなされるようになるものの、抗いがたい衝動、感情と意志の失調、知性の乱れなどとは関わりがないとする考えもあり、法律と精神医学による、それぞれの異なる人間の捉え方のあいだに軋轢を生んだ。

15.ナチスドイツでは、精神異常者は「生きるに値しない」という決定をしたうえで、ユダヤ人と同等とみなし、1940年1月から1942年9月までに7万723人をガス室に送り込んだ。そのリストは9人の指導的精神医学教授と39人の医師によって作成された。

16.アルバート・ドイッチェの「合衆国の恥部」という著作には、ロボトミーと呼ばれる手術が記されている。前頭葉の白質部分を手術するために、アイスピックを工作用金槌でこつこつ叩き、眼窩から挿入するという外科的治療が1951年までに、1万8000人に対し施された。

17.1940年代、抗精神病および抗欝化合物が製薬会社の手で開発され、いわゆる「精神安定剤」が1960年には世界中で処方されるようになる。ただ、薬品への依存が是か非か、倫理と政治の点から問われる。

18.現代では、「精神異常は多様な正常の一部」との考えが一般的となり、「社会精神医学」が確立。「正気と狂気を分かつ壁」が崩壊。烙印からの離脱、隔離から解放へと転換してきたが、問題が氷解したわけではない。

 (人間の指紋がすべて異なるように、人間の性格も悉(ことごと)く異なる。それは、人間には例外なく何かしら「異常な面」があるからではないか。ナチスドイツが「異常者は生きるに値しない」と判断したのが真実だとすれば、人類そのものに存在の意味はないという考えに行き着く)。 

 (また、宗教こそ「神」という観念でしかあり得ないものを想定した「妄想と幻想の結晶」であり、妄想や幻想が狂気のなかに加えられるなら、宗教もまた「狂気の沙汰」というしかない)。

 最後に、ロバート・バートンの言葉。

「人生の儚さ、運命の定めなさ、現世の醜さを考えれば、醒めた悲しみよりほかに、人生の変転と流転に対し、とるべき対応があろうとは思われない」

「人生とは笑えない喜劇」

「われらはみな狂人」

 でなくて、数十世紀から今日まで、絶え間なく人類は互いに殺し合いをしてくるはずがない。進化したはずの人類が今もって、殺し合いをやめないこと、その事実が人類の狂気を裏書している。

  


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