生きて行く私/宇野千代著

  • このエントリーをはてなブックマークに追加

生きて

生きて行く私」 宇野千代著 角川文庫

 タイトルにださい印象があるのだが、それでいながらこのタイトルが著者が気に入ったタイトルと思えてくる節が随所に感じられた。

 なにしろ、著者とかかわった多くの有名人たち、枕を共にした男たちも大半はこの世を去っている。いまさら、屈辱的なこと、都合の悪いこと、他に迷惑をかけるかも知れないことを書いてしまっても文句は出てこない。赤裸々な自分史を書くうえでは絶好のタイミングだったのではないかと理解した。

 この作品を書いたとき、宇野千代はすでに85歳、この年齢でよく筋道の通った文を綴ることができたことに敬意を覚える。

 正直で誠実で、猪突猛進という一途なキャラクターが全編に流れ、私はすっかり作者(すでに亡くなってはいるが)のフアンになっていた。

 この著者は「おはん」「色ざんげ」などで名をなした人物だが、はじめの夫を北海道に放りっぱなしにして、作家の尾崎四郎のもとに走り、次いで画家の東郷青児、さらには作家の武原武夫と、夫を四人変えはしたが、一人として自分の子供は生まなかった。さいごは配偶者なしのまま生涯を終える。

 年齢が年齢だし、名前が売れていたから、つきあいの幅には想像を絶するものがある。川端康成、平林たい子、梶井基次郎、広津和郎、片岡鉄平、萩原朔太郎、室生犀星、谷崎潤一郎、古屋信子、林芙美子、北山魯山人、三島由紀夫などなど、きらびやかさの点で人後に落ちない。しかも、それぞれの人物とほとんど生涯にわたって親しく交わっている点、敬意に値する。後には自分より若い宮尾登美子などとも親交した事実もあり、「女親分」というイメージが多くの作家、芸術家を引き寄せるのであろうか。

 読書しながら、つくづく思ったのは、人間には教育とか教養とか後日になって与えられるものとは別に、はじめから持って生まれた「人としての規模」、「人としての格」があるのだということを、この作家を通じて認識させられた。

 宇野千代は思い立ったら即実行に移し、しかも実現してしまう人。周囲の忠告や助言などに耳を貸す性質ではない。好奇心の強さも平均的な人間のそれをはるかに超えている。こういう闇雲な突進あるのみという生き方が男にはあまりできない。社会的な動物であることから逃れられない、多面的な配慮をするように、男という動物は訓練されている。

 こういう女は男にすぐ惚れるし、惚れた心根を相手に表現することもやぶさかでない。いったん、恋情を胸にすれば、直球一本やりで、一途に走る。惚れられた男はとりあえず同居するが、それぞれの男がそれほど長いあいだ宇野千代を心から愛していたかどうかはわからない。男として、単純に感ずるのは、はじめはいいとして、こういう女には、ほとんどの男が段々に辟易するものだ。現実に、宇野千代とかかわった男たちはそれぞれ、別離のあと、新しい女を見つけ、それなりに平和な生活を営んでいる。

 男にとって、宇野千代との生活で安穏平和な、ごく一般的な生活が約束されようとは露思えない。

 それにしても、明治、大正、昭和、平成と生きた人である。戦前は女がいろんな意味で束縛を受け、拘束され、自由のなかった時代、「男が主、女が従」という暗黙の了解が社会に存在した。そのような環境下で、無鉄砲で、破格というより破天荒な、本人もいう「極楽トンボ」的な人生が送れたというのは奇跡に近いことだが、たぶん周囲は彼女のもつ人としての規模を認めており、納得していたからではないか。時代はやや古いけれども、同じ時期を生きた歌人に与謝野晶子がいる。本書を読みながら、晶子の歌をなんどか思い出した。

 宇野千代が尾崎四郎と別れてしばらくしたとき、彼女は「男女がガスで情死」する場面を書くことに苦労し、それまで面識すらない東郷青児に電話で取材を申し入れる。それはつい数日まえの新聞に「東郷青児が女と情死をはかり、失敗した」と報道されていたからで、東郷は千代の取材を求める電話をいやがりもせずに、東京の大森駅で会うことを約した。当日、会ったとたん、「話が話だし、ここではなんだから」という言い訳で、タクシーに乗せられ、東郷の自宅に伴われた。

 話をし、時間が過ぎたとき、「泊まっていくだろ? 蒲団はこれしかない」といって東郷が出してきた蒲団には東郷が女と情死したとき、頚動脈を登山用ナイフで切った血がおびただしい量でこびりついていて、しかもそれがガリガリに乾いている。

 そういう蒲団で二人は、当時のメディアの言葉を借りれば、「野合」のように結ばれた。これまでいろんな本を読んできた私にも、ここまですさまじい、というより、人間としての普通の判断力や神経を超えた、恋愛感情や濡れ場というものにはじめて接した。間違いなく、二人は互いに一目惚れをしたのであろう。とはいえ、東郷青児はその後も情死に失敗した相手の女と頻繁に逢っていて、宇野千代とはあっという間に別れているから、いわゆる「つまみ食い」だったのかも知れない。

 むろん、宇野千代の書にはいわゆる濡れ場についての微に入り細にわたった描写はなく、その代わりといっては語弊があるが、テレビの黒柳徹子の部屋で、「あれとも寝た、あれとも寝た、あれとも寝た」と、男と寝た話を堂々と口の端にのせ、黒柳をして「宇野さんはまるで昼寝でもするみたいに男と寝ちゃうんですね」といわしめたらしい。

 煩悩に根ざした行動でも、衝動的な思いつきでも、この人は一気に走り続ける。

 一人の女として傍観者で見ているかぎり、第三者としては面白い存在だが、生活を共にする男にとってはたまらなかっただろう。

 宇野千代の逝去を知ったのがいつだったかは忘れたが、宮尾登美子のエッセイだったかも知れない。千代の残した遺産、といっても、多くは着物だったらしいが、それぞれ千代フアンの作家らが形見分けをしたという話が書かれていたように記憶している。

 それにしても、全編を会話体で繋ぐ「おはん」は名作であり、私は「おはん」を知ったことで、この作者への親近感をもったことを思い出す。作家として天賦の才に恵まれた人であったことは間違いない。

 

前後の記事

現在はコメントを受け付けておりません。

サブコンテンツ