生き残る判断、生き残れない行動/アマンダ・リプリー著

  • このエントリーをはてなブックマークに追加

生き残る判断、生き残れない行動

「生き残る判断、生き残れない行動」
アマンダ・リプリー(アメリカ人/タイム誌記者)著
原題:The Unthinkable/Who survives when disastaer strikes
副題:大災害・テロの生存者たちの証言で判明
帯広告:生と死の分岐点
訳者:岡真知子
光文社 2009年12月25日 単行本初版
¥2200+税

 

 本書は過去に起こった多くの災害を採り上げ、生存者からの証言や専門家からの意見などを聴取し、生と死を分けるのは何か、大量死を招く原因は何か、などを探り、生き残れるためのエキスを抽出することを目的に書かれた著作である。

 サバイバルガイドとしても、ノンフィクションとしても、ヒューマンサイコロジーとしても、読む価値は絶大。

 なかから、「これは」と思ったところを以下に列記する。

*人類の進化のスタートは捕食者から逃れるためであって、空中に4百メートルもそびえる建物から脱出するためではない。

 人類は家族を最小単位とする集団のなかで数百万年を生きてきたが、世代から世代へと遺伝子を、そして智恵を伝えて進化してきた。(そのなかに高層ビルからの逃避という項目はなかった)。

 そして、現代、かつて脅威から我々を守ってくれた社会的な結びつきは軽視され、それぞれが孤立し、代わりに時々しか役に立たない科学技術に依存して、リスクへの対応を模索している。

 合衆国では、1年に4万人が自動車事故で死亡し、3万人が銃弾によって死亡している。

*突然の災害に対し、人間はまず「否認」の態度を示し、一定の認識を得てから思考へと移り、次のステップでようやく恐怖への対応策をとる。ワールドセンターからの生存者は平均して6分間は逃げようともせず、それぞれの場にいて、コンピューターをオフにしたり、だれかに電話したり、自分の置かれている状況を判断できず、適切な行動を起こしていない。

 ある女性は1993年にワールドセンターの1階が爆弾攻撃を受けたとき、エレベーターに閉じ込められた経験があるにも拘わらず、2001年に自分がいたビルにボーイングが衝突したとき、「なにが起こっているの?」と金切り声を出しながら、とっさに階段のほうに逃げようとはしなかった。

*人間は例外的なパターンを認識することには時間がかかる。上記女性は同僚の一人に「ビルから出ろ」と大声で叫ばれ、はじめて逃げ出しはしたが、格別に階段を降りるのに急ぎはしていない。その時点で、階段をひしめくようにして多くの人たちが降りていたが、誰も急いでいる様子はなかった。だれもビルが崩落するとは思っていなかったからだ。

*アメリカがイラクを攻撃したのはテロリストを増やす目的ではなかったが、結果としてそういうことが起きた。

*米国では自殺の可能性が殺される可能性の2倍であり、人が恐れているのは「死」そのものより「死に方」である。

*多くの災害のなかで最も頻繁に起こる災害は火災であり、米国では2005年の1年間に3675人が火災で亡くなっている。ワールドセンターで死亡した数は2666人で、火災で死亡した人のほうが多いが、人々は火災を特に恐れてはいない。

*自動車事故、食中毒、転倒事故には同じ率のリスクが存在するが、人々は転倒事故の可能性が自らにもあるとは思っていない。

*2004年、スマトラ・アチェ州の地震と津波時、両親とともにタイのプーケットに滞在し、ビーチにいた小学生の少女はたまたま2週間前に地理の授業で津波について学んだばかりだった。「ビーチをすぐ離れる」ことを両親に告げ、両親も人々に立ち去るように注意し、滞在していたマリオットホテルに駆け上がり、従業員に警戒を呼びかけ、従業員は浜辺にいた滞在客を急いで避難させた。少女の知識と機転が、マリオットホテルを死者や負傷者を一人も出さなかった数少ないホテルにした。

 震源地に近いスマトラ島のジャンターンでは住民の50%が死亡したが、シムルエ島のランギでは1907年の津波で人口の70%を失った経験を生かし、即座に高台に逃げ、死亡者はゼロだった。

*地震は同じレベルでも、起こった地域により被害には甚大な差がみられる。1994年のカリフォルニア地震と2005年のパキスタン地震は同じマグニチュードだったが、死者は米国が63人、パキスタンは10万人だった。(耐震建築になっているか否かによる被害の実態は、2010年のハイチ地震にも言えるだろう。パキスタンはレンガ造りの家屋が多いのでは?)

*1977年、オハイオ州にあるビバリヒルズ・サパーズ・クラブで火災が起こり、167人の死者を出した。

 クラブにはその夜、3千人がいて、それぞれが集団で行事や儀式を行なっていた。人間は集団でいると、他人は他人でなくなり、集団で行動しようとする。周囲に人がいることに安心感をもつ。

 チンパンジーも共通の敵、捕食者が現れれば、脅威があることに対し互いに身を寄せあって団結する。一団となることでストレスが解消する。

 火事場で最も怖いのは煙で、出口がわからなくなるだけでなく、窒息死の原因となること。クラブにいた人々は煙を見ても特別に急いで出口に殺到しようとはしなかった。異常な環境にありながら、孤立していない事実が秩序だったものを感じさせ、安堵感につながる。ワールドセンターでも階段を下りる人々には互いに仲間意識のようなものが生まれていた。

 1994年のバルト海フェリー、「エストニア号」の沈没事故のとき、船が大きく傾いているにも拘わらず、ほとんどの人が何もしようとせず、852人が死亡、137人が助かったという例がある。これも多くの人が周囲に存在することに安堵感があり、みずから行動に移ろうとしない人間心理をうかがわせる事故だった。

*飛行機の脱出用スライドの傍にキャビンアテンダントがいなかった場合、女性客はスライドに体を投げ出すまでおそろしいほど長くためらい、そのために全員の避難を遅らせてしまう。

*イスラム教徒のメッカ参りでは、1990年、歩行者用トンネルに群集が殺到して数分のうちに1426人が死亡。1994年にはまたもや同じことが起こり、270人以上の巡礼者が亡くなった。1998年には111人が、2001年には35人が、2004年には251人が、2006年には346人が、いずれも将棋倒しになって死亡した。

 人は必要以上の脅威を感ずると、群集心理に陥り、狭い出口に向かって殺到、そこで起こる渋滞は人々を焦燥に追いやり、出口をふさいでしまうという悪循環を起こす。都会でなら、特売、景品、新規開店など、とるに足りないはずの状況下で群集が殺到し、事故につながるケースが少なくない。あまりに狭い空間にあまりに多くの人がすし詰めになるような場所には危険が隣り合わせにある。(日本でなら、花火大会時の歩道橋と階段で)。

*動物のほとんどは強い恐怖を感ずるほど、それだけ長時間、凍りついた状態になる。麻痺状態で、心拍数が減り、体温が下がり、呼吸は遅くなり、体は痛みを感じなくなり、目は開いていれば焦点が定まらず、瞳孔は開いている。それでいながら、脳は周囲で起こっていることをすべて認知している。

 動物は絶体絶命の危機的な状態に陥ると、死んだふりをする以外に選択の余地がなくなって、麻痺状態を生む。何もせずに、凍りついた状態でいることにも利があるからだ。ライオンや虎は死んでいる動物の肉を口に入れることがときに自分を危険な状態に陥らせることを身をもって知っている。

 ヴァージニア工科大学の銃乱射事件のとき、一つの教室にいた学生のうち助かったのはたったの一人だったが、その学生は終始死んだふりをしていた。

 レイプの被害者にも同様の麻痺状態に陥る例がある。

*自分が居住する地域、あるいは旅行しようとしている地域や場所、国などの特徴から、そこに固有の危険があれば、危険が起こった場合を想定して備えておくことが肝要。

 時間をかけ、じっくり読んだが、訳者の「あとがき」にもある通り、災害時の人間心理を余すところなく解説している。時間をかけて読むだけの価値があったと思っている。


前後の記事

現在はコメントを受け付けておりません。

サブコンテンツ