皇太子と雅子妃の運命/文芸春秋編

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「皇太子と雅子妃の運命」 文芸春秋編(17人の書き手による)
副題:平成皇室大論争
帯広告:あなたは雅子妃支持か?/天皇家に何が起きたのか
2010年2月20日 文春文庫初版 ¥780+税

 

 皇室に関し、マスコミがこのように明け透けに書いたことに時代の変化を感じ、かつ驚愕した。

 本書が皇太子の「雅子妃の人格否定」との発言と、雅子妃の「適応障害」という名の病気から始まった議論からの延長線上にあることは解るが、ここまで憶測や推量に基づき皇室について書いてしまってよいものか考えさせられもした。

 なかでも、ノンフィクション作家の保坂正康が展開する皇太子と雅子妃に対するバッシングは、秋篠宮の天皇家との頻繁なコミュニケーションを賞賛する内容とのあいだに納得のいく均衡点がなく、冷静な判断とは思えない。天皇になることを物心ついた時期から意識下に置かれた皇太子と、次男の立場にいた秋篠宮とでは初めから覚悟のほどが違うはずだ。

 ただ、秋篠宮妃に男の子ができたため、女帝に関する話はとたんに消えてしまってはいる。

 かねがね思うことは、天皇家に嫁入りすること自体、大変な覚悟が要る。そこには千年以上続いている諸々の古臭い儀式があり、口うるさい皇族と宮内庁が存在し、自由意志で外出も旅行もできない束縛があり、途切れのない国民やマスコミからの注視もある。

 雅子妃へのバッシングがこのような形で継続するならば、将来、皇室へ嫁入りする女性はいなくなるだろう。

 だいたい、雅子さんは複数の外国語を操り、世界の有名大学を複数卒業している才媛だった。当時、皇室に嫁入りしたことで、わが国は人材という面で大きな損失をしたのではないかと思ったほどだ。皇太子はそういう人材を獲得するために、だからこそ、「全力を挙げて雅子を守る」という強い意志を表明したのではなかったか。

 昔と違い、現在では、天皇が変わるたびに年号が変化することにさえ、西暦と日本独特の年号の両方を覚えなければならないという煩雑さが忌避され、皇室不要論まである。

 皇妃として、皇室や宮内庁が求めるあり方に即応できる人材が将来も途切れることなく存在するとは、とうてい思えないし、それ以前の問題として、宮内庁そのものの存在へも疑問符が投げかけられるだろう。現在、宮内庁にどのくらいの数の公務員が働いているのか、どの程度の運営コストがかかっているのか、仕分け対象にはならないのかなどなど、多くの懸念と未知がある。

 本書には17人の識者がかかわっているが、皇室が「男系世継ぎ」に拘るのは血統が飛ばないからとあり、女性哲学者は「天皇家本来の仕事は生殖であり、皇室では男女の行為を指してお祭りという」と書いている。救われるのは、本書にかかわった17人がそれぞれ異なる見解、思惑、思念を文字にしていることで、そこに統一的な共通した「皇室観」を打ち出そうとの意思は感じられないことだ。

 今年に入って、愛子さんが学校でいじめを受けたといったニュアンスのニュースが流れ、学校には雅子妃が同伴していると報道されているが、本書が上梓(じょうし)された後のことである。17人の識者はこの新たな問題に対し、どう感想を披瀝するだろうか。

 「適応障害」という病気は字義通りの障害ではあるが、周囲からはきわめて理解されにくい側面を孕んでいることは知っていていいだろう。


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2 Responses to “皇太子と雅子妃の運命/文芸春秋編”

  1. withyuko より:

     国語辞典には載っていなかったのですが、降嫁というのは宮様が一般家庭に(身分の高いところから低いところへ)嫁がれる場合だけではないでしょうか?雅子様のように皇室へお嫁に行かれる場合はなんというんでしょう?平安時代とかだと入内(じゅだい、皇后となって内裏に入ること)となっていますが。。。
     女性の天皇、飛鳥時代や奈良時代にはいっぱいいたのに今はダメなんでしょうか?
     宮内庁の事業仕分けなんてお話はたぶん誰も口に出せないのですよね?考古学的には有意義だと分かっていても古墳を発掘させてもらえないのと同じで。。。

  2. hustler より:

    withyukoさんの仰る通りです。
    「降嫁」は身分的に高いところから下へ嫁入りすることでしたね。でも、そういう観念すらが今は希薄になっているのが日本社会ではないでしょうか。戦前のように、宮家が戻ってくるのでは、ものの考え方が逆になってしまうでしょうし。

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