竹内好・アジアとの出会い/丸川哲史著

  • このエントリーをはてなブックマークに追加

takeuchi

「竹内好・アジアとの出会い」 丸川哲史(1963年/明治大学政治経済学部準教授)著
2010年1月20日  河出書房新社より単行本初版 ¥1300+税
副題:人と思考の軌跡/東アジアの中における日本の在り方が問われている今日、われわれは竹内好からなにを継承すべきか。6つの思想的出会いから、その核心に迫る。

 

 まず、はっきり申し上げるが、本書はタイトルが言う「アジアとの出会い」などという内容の書籍では全くない。この作者の言うアジアとは中国がすべてで、他国はアジアではないかの如くである。あるいは、出版社の「少しでも売れたら」という姑息な発想からの副題だったかも知れない。

 だいたい、いまさら、知る人の少ない日本人と魯迅を中心に据えた日中交流をベースに戦前のごく短期間の精神的なあれこれを書いたところで、こういう書に関心を持つ人間がどのくらいいるだろうか。手にした私ですら、本書がアジアとのかかわりにもっとぺージを割いているものとばかり思って入手したわけで、戦前の「支那」から戦後の「中国」に変貌した経緯などに関し、本書が労作であることは否定しないまでも、いまどきの若い学者にせよ、大学生にせよ、興味を惹かれることはまずないだろう。

 とはいえ、それでも、せっかくの機会だから、書評にはならないかも知れないが、感じたことを素直に書いてみる。

 「日本人」が中国を「支那」としてみていた時期があった、と書いているが、その時期が戦後を迎えて終わったことは明記されているものの、呼称が始まった時期についてはまったく触れられていないのは片手落ちである。それがはっきりしないと、日本人が中国人を見ていたベイシック・コンセプションが判らない。ただ、欧米が中国を長期にわたって「china」と読んできたのは、紀元前に中国大陸を初めて統一した秦の始皇帝の喧伝によるものと、私は考えている。「shin」を「しん」「ちん」と呼ぶうち、「しん」が「china」にも「支那」にもなりえただろうと思うからだ。ちなみに、韓国を英語で<Korea>と呼ぶのは昔朝鮮半島を支配した高麗に、その由来がある。

 魯迅の思想は中国の農民社会を背景とし、キーワードは「もがく」「がまんする」「堪える」といった語であり、魯迅の随想録には、すさまじい諦念(ていねん=あきらめ)交じりの一文が残されている。

 中国の子供はただ生まれればよく、良いかどうかは関係ない。ただ、多くさえあればよく、その才がどうかも問題ではない。彼を生んだ者は彼に教育をする責任を負わない。「人口過剰」という話は目をつぶってやって自負してもよいが、しかしこの数多の人口はただ塵土の中に転がっているだけで、小さいときに彼を人間扱いしないし、大きくなった後も人間になれない。

 (いい足しておくが、魯迅は1936年に死亡し、戦後の中国も日本も欧州も見ていないが、中国という国の本質に迫る表現という気がする)。

 本書の著者が追慕する竹内好という人物は大東亜戦争が始まったとき、「この戦争がアジアの解放という目的をもつ戦争となるだろう」というミス・ジャッジを犯す。この男には日本が西欧列強の模倣者として登場してきたことへの絶望があったという。東条英機のあの辛辣でバランスを欠いた人選を見ていれば、この国を敗戦へ敗戦へと導いた経緯が手にとるようにわかるではないかとは私の意見。

 竹内好は魯迅の死後は、毛沢東によって社会主義体制が確立されていく過程を見ながら、日本の人物評価というものが政治的決断とは切り離されている文化的土壌が、まるで「楽屋裏の出来事」として流通してしまう私小説的な文化構造だと見抜いていた。

 戦後、日本は欧米に組み込まれ、中国は社会主義圏内に入り、ソ連邦とのっぴきならぬ対立関係に在りながら全く別の世界観を構築することになった。それはそれで事実ではあるが、ソ連邦でスターリンが共産主義とも社会主義とも全く無縁の独裁主義社会を形成したように、毛沢東もスターリンと同様独裁者におさまり、数千万人を殺した実績をもち、女にも不自由しない生活を最後まで楽しんだという酷似がある。社会主義社会が専制君主的な支配を可能にしてしまう潜在性をもっていることは現在の北朝鮮も同じ。

 一つだけはっきり理解できるのは、中国という13億とも14億とも言われる世界最高の人口を抱える国の為政経験というものは、中国以外のどの国のキングも大統領も首相も持ったことがないということで、「中国は根本的に戦争不可避論者」で、そのために、「富国強兵」を経済成長に合わせて生真面目に行なっているということに、本書の作者は注意喚起している。アメリカも中国の軍事力の増強はその意図するところが不透明なことに危惧を披瀝している。

 とはいえ、中国は過去の歴史のなかで、世界を相手にするような戦争をしたことはないし、琉球のように快く入朝してくる国に対してはきわめて寛大だった。

 本書は日米安全保障条約にまで言及しているが、内容的に過剰。


前後の記事

現在はコメントを受け付けておりません。

サブコンテンツ