絶対音感/最相葉月著

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絶対音感

「絶対音感」 最相葉月(さいしょうはづき)著
1998年小学館より単行本
新潮文庫 初版2006年5月

 

 「絶対音感」という言葉には、得体の知れない特殊性、天才性、異能、驚異的能力など、音楽から遠いところにいる人間ほど一種の憧憬を覚える。英語では「Absolute Pitch」あるいは「Perfect Pitch」というらしい。

 ただ、一口に「絶対音感」といっても、現実には色んなランクがあって、生活音など何の音でも判る人もいれば、楽器ならば判るという人もいるという。ただ、絶対音感は「記憶への照合」であり、記憶であるがゆえに、記憶にないものは判らない。また、絶対音感に共通するのは色彩感、音と色彩とがイメージで繋がっていること。

 科学的な思考の強い著者は「絶対」という宇宙にあり得ない言葉に魅力と抵抗を覚え、追求する意欲をもち、音楽を専門とする人間へのアンケートから検索をスタートさせ、この魅力に富んだ圧倒的な言葉が纏(まと)った幻想を一枚一枚剥ぐ作業を本書にまとめている。

 読み手としての私に理解できたことは、「絶対音感」は一言で言い表せない複雑なニュアンスをもつもの、持っていることが便利で優越感にも繋がるし、持っていることで苦悶することもあること。日本人に絶対音感の所有者が多いのは、幼児期における執拗な訓練の賜物だが、得てして情動のこもらない機械的な演奏に陥りやすい欠点をも内包するという批判を海外での演奏会で受けるという事実。「絶対音感を過大にも過小にも評価する必要はない」との作者の言葉には納得した。

 絶対音感は言語に似て、ネイティブと同じ発音でその国の言葉をしゃべるには幼児時代をその土地で過ごす以外に方法がないように、幼児のときに徹底して音の名を記憶させることにあるらしい。

 また、クラシック音楽に名を残した音楽家がすべて絶対音感の持ち主ではなかったという。

 「音楽は人類究極の謎であり、音楽の謎が解き明かされれば、人類進化の謎も解き明かされるのではないか」との、クロード・レヴィ・ストローヌ(文化人類学者)の言葉が印象的。

 また、「音響という物理現象が情動という心理現象に移る部分は未だ科学的に説明されていず、そこに音楽の神秘がある」という作者の言葉が重い。

 音楽から遠いところにいる人間には、内容的に難しく、理解を阻む部分もある。

 次の説明だけは、記憶に留めておこうと思っている。

 「空気中を伝わってきた音(振動)は、まず外耳道から鼓膜へ伝わり、鼓膜の振動は耳小骨(じしょうこつ)を経てリンパ液に満たされた内耳の蝸牛(かぎゅう)の基底膜を振動させ、その振動をうけとった基底膜の有手細胞がその振動を神経インパルス(興奮)に変換する。この興奮が聴神経のニューロンに活動電位(電気信号)を発生させ、それが何段階もの情報処理過程を経て脳へ伝わることで、音として認識される」

 過日、書評した「脳は学習する」を想起させる内容だ。


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