続・スカートの風/呉善花(オソンファ)著

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続・スカートの風

「続・スカートの風」 呉善花(オソンフア)著
副題:恨を楽しむ人びと
1999年3月25日 角川書店より文庫化初版
¥495+税

 

 前作「スカートの風」が評判になってよく売れたため、著者は一気にこの世界(日韓に横たわる感情のずれ、理解のはざまにある刺(トゲ)、民族としての歴史や社会背景の相違などなどの解説)に関する第一人者になってしまった感がある。

 私も前作に魅了され、本書を注文入手した。

 正直な感想を述べるならば、前作で遠慮していた本音を本著作ではもっと前に出していることで、前作では日本人の感情にかなり気を使っていたのではないかと思ったことだ。本作では我慢ならないことを書くことで、一つの冒険をした感があるが、ならば、読者として、反論、異論を思いきりぶつけてみたくなった。

 「韓国人は茶碗を卓上に置いてスプーンでご飯を食べるが、日本人は茶碗を手にとって箸で食べる」この話のおかしさは、韓国人がなぜスプーンなどを持ち、箸を持たないのか。スプーンなど西欧との接触によって持ち込まれたものであって、日本はもとより韓国にとっても伝統的な食器ではない。

 ちなみに、食事に箸を使う民族は中国人、韓国人、日本人、ヴェトナム人の四か国の人々。韓国で歴史的に有名なのは、貴人は銀の箸を使っていたことで、銀は毒に対し即座に反応するからだという。

 「買い手が韓国人だからといって、ものを売らない日本人がいる」という話は、二十年前の話ではないか。いまどきあり得ない話。

 日本に在って、日本人同士、あるいは夫婦間であっても、互いに「ありがとう」「すみません」「ごめんね」など相互に行き交う言葉は韓国人には違和感が強い。「そういうことを言わずにすむのが親しい関係というものであり、夫婦というものではないか」

 二昔前まではそういう言葉のやり取りは日本の夫婦間にはなかった。おそらく、ここ二十年以内の現象ではないだろうか。韓国には今なお封建的な男尊女卑の観念が抜けずにあるが、それは、おそらく、北との関係における緊張感と徴兵制度が影響していると思われる。韓国の男が日本の男より男らしく見えるのもそうした背景を無視できない。逆に質問したいのは、西欧では夫婦間といえども、「I love you」という言葉をしきりに使うが、それが親しくない関係になるのだろうか?

 「日本語には(お願いごと)が多い。韓国人にはそれが異様にビクビクして他人の顔色をうかがう弱々しい性格にみえてしまう」

 (日本人がお寺などにお参りするときお願いごとが多いのは事実で、これは日本人に固有の「ご利益主義」にある。また、他人に何かを頼むとき、「お願いがあるんですが」とまず言うのは、命令口調でも上から目線でもなく、依頼することでその場の雰囲気をなごませようとの日本人らしい配慮というもの)。

 「韓国の女性は何人か集まると、必ず『みじめ競争』がはじまる。これを「恨を嘆く」という。希望が挫折し、希望が叶えられなくなると、これを「恨が固まる」と称し、みじめを演出し、同情を買うことが根っから好き」

 「韓国人にはキリスト教徒が多い。およそ人口の4分の1がキリスト教徒で、かれらにとって教会は限りない欲望の上昇を楽しむ機関と捉えられており、恨を楽しむ人のためにうまく調和するという側面がある」

 (宗教というものに対する精神文化のレベルがひどく即物的で、かつ幼稚。キリスト教による社会的な弾圧,、科学的思考への迫害、異教徒に対する過酷などが長期にわたって発展途上国を相手に継続した時代がある。日本人はそういう歴史を知っている。だからこそ、信教の自由が許された明治以降も、この国にキリスト教徒はたいして増えなかった。だいたい「神」などというものはこの世にない)。

 「韓国では葬儀で泣くことは当たり前であり、慟哭することを商売とする女性までがいる」。

 泣くことを競うような葬儀は醜く、下品であり、成熟した社会という印象から遠い。少なくとも、「意図して泣く」という神経が不可解。

 「他人に可哀想だと思われたい。みじめであることを楽しみたいから、すぐあっちが痛い、こっちが痛いと甘えた声を出す韓国女性は詐欺的であるが、一方、心のなかの悲しみを抑える日本人は二重人格」というのは日本人の精神文化への冒涜であり、お門違いもはなはだしい。喜怒哀楽をそのまま表に現さないのが大人としての自負であるべきだ。逆にいえば、韓国人はひどく単純で幼稚性が強いということではないのか。

 「日本人は過去の歴史あるがゆえに常に韓国人に対し許しを請うべきであり、そのことは日本人が韓国人の下に位置することを天下に示すことになるのだといい、反日感情の高まりが韓国に来ている日本人に対してしばしば発せられ、日本人にいやな思いをさせてきた。同じ観光客が来ても、日本人が最も高く品物を買って当然」という意識もある。

 それを言うのなら、二昔前まで日本人観光客が行けば、必ずキーセンパーティを開き、女を日本人の男の隣にそれぞれ並べ、売春を前提に金儲けをたくらみ、さらに最近では日本の農家が時間をかけて改良を重ねてきたイチゴをパクって、そのまま韓国で育て売っているという姿勢はどう言ったらいいのか?グローバルに拡がった世界経済のなかで、やっていいことと悪いことがあるのではないか。

 もっと言えば、外国にツアーで出かけていく韓国のおばさん方に忠告して欲しい。「ホテル客室にある品物でも持っていってよいものと悪いものがあることを知れと」、そして、「朝のバイキングで、そのときに食べもしないパンを袋のなかにごまんと詰め込んでいくのはマナー外れであるというばかりでなく、あまりにも貧相で、醜悪で、下劣に映る。間違いなく韓国の恥だから、やめるようにと」。私はかつてそういう韓国人の姿を目の当たりにした経験が何度もある。

 「秀吉の朝鮮半島攻めと日帝時代」をベースに歴史教育するのはお国の勝手というものだ。が、私が韓国の教育者ならば、かつて隣国の中国から代々の王や皇帝に国境を侵され、モンゴル人が支配した元の時代には日本を攻めるために半島の材木を伐採させ、何百艘という船を造らされ(チンギス・ハーンもその息子たちも船舶というものに関して無知だったため、日本への攻略には朝鮮半島の人間を利用せざるを得なかった)、兵として駆り出されたばかりか操船までさせられ、二度も福岡までつき合わされ、多くが台風に遇って死んだ歴史、さらにはロシアが積極的に示した南下政策の脅威もあわせ、歴史をトータルで学ばせるだろう。そして、そういう歴史のトータルが朝鮮半島に住む人々に「恨の精神」を醸成させたのだと。

 日本は第二次大戦で二発もの原子爆弾を落とされた事実も韓国の人々に伝えて欲しい。原子爆弾の被害国は世界に日本だけであること、にも拘わらず、まるで「喉元すぎれば熱さを忘る」という俚諺を証明するように、日本人はこの歴史的に稀な残酷きまわりない被害に関し、その事実に応じた憎悪と憤怒をアメリカに向かって表明していない。

 実は、346年から660年にかけ朝鮮半島の南西部で繁栄した百済(くだら)という国と日本の皇室とは当時としては破格ともいえる親しい関係を築いていた。それは、亡くなった昭和天皇が韓国の大統領が来日したとき、「むかし、百済から姫君を頂いたことがある」とマイクに入る声で発言したことからも事実であることが判るが、百済は中国の唐という国に滅ぼされ、百済王の血を引く者が日本に亡命、皇室ではこれを厚遇した結果、現在でも岩手県、近畿、福岡などには百済という姓をもつ人が存在する。

 この歴史的事実は日本と朝鮮半島との関係をも明らかに示唆しているが、宮内庁の思惑が影響しているのか、皇室が関係する墳墓や古い塚の掘り起こしと詳細な公表を拒んでいる。

 前のブログ(O脚だったかも知れない縄文人)で触れたように、日本人の祖先は「日本を取り巻く海外の16のグループから成立した」わけだが、その大半は北方から朝鮮半島を渡ってきた人々であり、そのなかには半島に居残るほうを選んだ人々もいたであろう。とすれば、日本人も韓国人も同じモンゴロイド族であっても、血統的にはより近いものがあるという推測も成り立つのではないか。

 天皇家の墳墓はそのことを証明してしまう可能性を秘めているがゆえに、宮内庁としては公表を意図して控えているのだと私は思っている。

 日本人の韓国人に対する見方、感じ方が激変したのは偏に、ドラマ「冬のソナタ」であり、多くの日本人が韓国人観を変えるきっかけになった。

 とくに、日本の中年以上の女性のなかには韓流ブームに乗って、頻繁に韓国を訪れ、旅をする人も急増している。

 私の男性の友人は最近になって、「実は、うちの娘の旦那は在日韓国人なんですよ」と初めて口にしたし、もう一人、女性の知己は「うちのお嫁さんは韓国から留学に来ていた女の子で、これが儒教の関係かどうか、長幼の序がしっかりしていて、お互いとてもやりやすいのよ」と漏らした。

 「韓国では、友人間であっても、激情の通じ合いを求める。でなければ、友人とは認められない」ここまでくると、韓国の友情とは、男同士にあってはオカマかゲイの関係であり、女同士にあってはレズの関係、私の頭には一言「キモイ」という言葉しか浮かばなかった。あるいは、韓国人同士が怒鳴りあっている図を意味するのだろうか?

 「韓国の女性でセックスの快楽を感ずる女はきわめて僅かである」という話からは、男があきれるほど不器用なのか、女体について男女ともに無知なのか、先進国では考えられない偏見と迷信のなかで生きているとしか思えない。

 「韓国では40歳を過ぎれば、女としての価値はゼロ。だから、短期間滞在で韓国からやってくる違法の整形手術をする女に韓国女性、とくにホステスは群がる。しかし、ある日本のクラブでは、中年以上の日本女性がママをしていて、一流企業のビジネスマンがひっきりなしにやって来る。聞くと、「ママには男の心を惹きつける魅力があるから」という。

 著者はこれには一本参ったらしいが、美容整形に地道をあげる韓国女性は外見の美にこだわりはするが、心の美、読書をして知性を磨く、水準の高い会話ができるといった方面の精神的な研磨には関心を払わないらしい。これは人間的に次元が低いといわざるを得ない。ひょっとしたら、日本も同じ路線を走っている?

 「韓国では、結婚生活は男性に依存することを意味する」同じことは日本でも戦後しばらくは存在した社会現象だが、封建的な思考の枠内にあったことを示唆している。

 「日本では夫が妻を紹介するに当たって、これは愚妻です」といった感じの紹介は今はない。

 「韓国人は企業対企業のパートナーシップを義兄弟の契りといったイメージで捉える風習が抜けず、失敗例が多い」これはほとんどヤクザの神経。「韓国人はビジネス関係でもべたべたした関係を望む」これはもうママゴトの世界。とはいえ、電化製品の代表的企業、サムスンはいまや世界一の売上高を誇っている。日本製の携帯電話は日本でしか売れないが、サムスンの携帯は外国でも売れている。

 「韓国では技術は卑しいという固定観念がある。また、商売は詐欺とダブった印象から抜けきれずにいる。これは李朝以来、人々が持ち続けてきたしつこいイメージである」 現在、そういったイメージに変化が起こったからこそ、韓国の電化製品が世界を席巻(せっけん)しているのではないか。

 著者は「日本という国はチップやアンダーテーブルに効果のない国。担当の教授に旅行先から土産を届けても、それがなんの効果も発揮しない」と嘆くが、これは韓国人のいじましさの表現であって、本来の正々堂々とした学生としての本文をみずからぶち壊している態度というしかない。僅かなチップや賄賂で動く国は発展途上国であり、もし韓国が発展途上国並みの国であれば、できるだけ早い段階にそのレベルから抜け出るべきだ。

 もちろん、日本にも金権政治から離れられない悪徳政治家は依然として存在するが、賄賂を渡すことで特別の配慮を期待する根性は低劣で醜悪、さもしい限りであり、日本人の3割以上が投票所に行かなくなった理由でもある。

 著者が言うように、「日本には多くの外国人が流入する時代を迎えている」。劣等感や優越感を超え、異国人との対応を真正面から取り組んでいく覚悟が必要だろう。

 ところで、私自身は韓国に行ったこともないし、行きたいとも思っていない。とはいえ、韓国への関心は、朝鮮半島全体を含め、人一倍強く持っている。韓国に関する書評も何回か本ブログで行なっているし、ブログを始める以前に北朝鮮関係の本を5冊以上は読んでいる。

 異論、反論のなかには過剰だった部分もあるかも知れないが、この著者の日本語能力には驚愕させられ、「賢い韓国女性」というイメージだけは胸底に残った。いずれ、続々編の「新・スカートの風」を読もうと思っているが、本書は前作が著者の祖国である韓国で評判が悪かったことを意識したために、韓国人に迎合的な姿勢を意図的に示したような気がしなくはない。


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4 Responses to “続・スカートの風/呉善花(オソンファ)著”

  1. withyuko より:

     変わってきてる部分もあるのでは?と思います。でも、(私達)”韓流スターにハマるオバサン”がどんなに好きだと言っても韓国の6割以上の人は反日感情が強くて、韓国で日本人が犯罪の被害にあったとしても「日本人だからいいじゃない。」って警察もまともに捜査してくれないんだとか、聞きました。こういうことをちゃんと(私達)オバサンも勉強していくべきだし、ドラマや俳優さんが好きというだけにとどまらず、歴史や韓国語を学ぶ人も増えているので良い変化だと思います。
     朝鮮半島の国々を下に見る考え方は飛鳥時代からあったようですね。今、飛鳥時代の歴史の本を読んでいるのですが、地理的なこともあり、日本は中国に対し小国ながら毅然と立ち向かうけど、朝鮮半島の国々は昔から中国の冊封状態にあることが多く中華思想に負けちゃってるようなところがありそのへんからもう日本と違うようです。
     行ってみたいと思わないとおっしゃってますが、韓国に興味はおありなんですね、hustlerさん。

  2. hustler より:

    コメントが入るだろうと期待してました。ありがとう。おっしゃる通り、本書が書かれた時期は19年も前の頃ですよね。
     実は、私の姪は韓国人と結婚し、もう長く韓国で暮らしています。

  3. flighty より:

    続編、私もまだ読んでいませんので
    とても興味深いです。
    私も海外で生活していた頃は、
    韓国人と仕事でかかわることも日常的にありましたし、
    韓国人の友人も多いのですが、
    誤解を恐れずに言えば、近いからこそ感じる違和感のようなものは否めないですね・・・。
    実際直接関わると問題なさそうな友情も現実にあり、
    けれどごくたまにその根底にある問題が
    両国の個人間で何でもない状況の中に垣間見えて冷や汗をかくことがあるのも事実ですね。
    私も身近にたくさん韓国人がいるからこそ、
    メディアの中の出来事としてではなく、
    自分に直接かかわることとして韓国への関心は強いです。

  4. hustler より:

    コメントありがとう。韓国に行きたいとは思いませんが、韓国のことはなぜかいつも脳裏から離れません。バリ島にいた頃のことですが、土産品店のバリ人もジャワ人も、私には同じに見えるのに、日本人、中国人、韓国人の女性を一見しただけで間違いなく見抜いてしまい、同じ品物に興味を示しても、それぞれに異なる料金を提示していました。むろん、日本人価格が最も高く、中国人価格が安かったです。これからは、中国人価格が上昇するでしょうが。

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