美しき拷問の本/桐生操著

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拷問

美しき拷問の本」 桐生操著
角川ホラー文庫  1994年7月初版

 本書は二人の女性が上記ペンネームでまとめたもの。

 古今東西の、歴史書にも登場する、拷問や処刑の数々を、よく知られているケース、あまりよく知られていないケース、双方を含め、それぞれの全貌を詳しく調べたうえ、あわせて「その歴史」「その種類」にまで執筆内容を拡げている。

 とはいえ、残酷、残忍を極める種類のもののほとんどは西欧社会に集中し、西欧人の攻撃的な性格や好奇心の強さを証明する効果をも内包するものに結実している。

 むろん、中国の歴史にも人口を多く抱えるがゆえの人命軽視というレベルを超えた残忍な処刑があったり、モンゴル人による世界制覇に伴う残酷や大量殺戮があったりはしたが、拷問、処刑の術(すべ)を工夫、考案するという点で、コーカソイドを凌ぐ人種は不在である。

 「拷問器具の展示館で興味津々の面持ちで目をそらすこともなく観察するのは男より女に多い」という話と、「男同士のいじめよりも女同士のいじめの方がはるかに陰湿で陰険」という誰かの言葉を演繹すれば、人類の底知れぬ性悪さは、失礼ながら、男より女に強いという結論が導かれる。

 本書が、ギロチンによる断首、生き埋め、四つ裂き、火刑、野獣による殺害、腕や脚の切断、釜茹でなどなど、不快感と辟易感をもよおすむごたらしい内容で埋まり、「拷問」で21編、「処刑」で17編、「歴史」で9編、「種類」で14編も書けたことは、著者自身に、そうした光景に痺れ、恍惚とし、陶酔する心根があるのではないかという推量(「下種(げす)の勘ぐりかも知れない」に行き着く。

 「のだ」で終わる言葉遣いが多いことも微妙に鼻につきだし、最後まで読むことを、結局は放棄した。むしろ、この種の本が12版も版を重ねた事実が不可解だが、読者も男より女の方が多いのではないかという「下種の勘ぐり」に捉われたことを告白する。

 「血」との縁は、男より女に深い。しかも、毎月それは否応なく経験させられる。ことに子をもつ母は出産という、男には無縁の痛覚にも堪えた体験の持ち主。そうした経験が女をこうした歴史上、例の少ないホラーに関心を向けさせるのではなかと憶測するのだが、当否については判断できない。

 ただ、世の中には、どこの国にも残酷を平然と行える人間はいる。むろん、この日本にも。

 私が小学生の6年生くらいだったときだと記憶するが、中学2年生の男子にそういう類の人間がいて、近くに住んでいた。

 彼は、私が見守る前で、生きている猫の首をロープで縛り、ロープの端をもって、振り回すという挙に出たかと思うと、いきなり傍にあった貯水槽のなかにぶち込み、水面に顔を出し、必死で貯水槽の枠にとりすがろうとする猫を引きずり揚げ、ふたたび振り回しては貯水槽にぶち込むという残忍を、猫が死んで動かなくなるまで続けた。私は呆然するより、恐怖に体が縮んでしまい、手も足も出ず、ただただ、猫の無事を祈ったが、結果は無残だった。

 その光景は数十年が経過した現在でも、ありありと記憶に残っている。

 正直にいえば、本書の類は私の嗜好や感性とは合わないというだけのことで、決して本書の価値を貶(おとし)めようなどという意図はない。


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