脱線者/織田裕二著

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脱線者

「脱線者」 織田裕二(1967年生)
帯広告:役作りの原点はこの本にある
朝日新書  2007年12月初版

 

 正直いって、過去、タレントや俳優の書いた本を入手したことも読もうと思ったこともなかった。たまたま「脱線者」というタイトルだけに目がいって、思わず手にしてしまい、自宅でよく見たら著者が織田裕二だったということに気づいた。

 はっきり言って、文章は拙(つたな)いし、雑駁、小中学生並みだが、その分きわめて読みやすく、30分で読了したが、その事実は本書がゴーストライターの手になるものではなく、編集者による多少の手直しはあったかも知れないが、本人が書いたものであることを示していて、不快感はない。

 「自殺まで考えた気持ちも、気持ちの持ち方一つで切り替えられる」というのが、本書の趣旨らしいが、自殺まで考え、辛い思いをした人間にしては、文章全体に緻密で神経質な印象が欠け、単純にして明快、大雑把にして図太い神経が伝わってくる。むしろ、社会事象を100%正確に認識、把握していないかに感ずる。

 どんな人間であれ、多寡や濃淡に程度の差はあれ、誰でもが躁と鬱のはざまのなかで生きているが、この作者の鬱は富士山の樹海で骸(むくろ)となって息絶えた人の深刻さに比べたら、「しんこく」の「し」ほどのレベルではないかと推察せざるを得ない。

 本人は現在すっかり大人になっている心算らしいが、稚拙な思考から脱出し得た印象はなく、強気で図太い感じがTVで見たままの、男らしいキャラクターをありのままに露出している。

 「今の若者に自殺が増えているのは、コンピューターが蔓延させたリセットという概念ではないか。ゲームはリセットできても、人間の死はリセットの対象にはならないことを認識していないから」という考えは確かにその通りだ。

 高校時代、カンニングを見つかって教師に呼び出され、「おまえカンニングをやっただろ?」と問われ、「はい、やりました」と答えたら、「おまえはエライ、おまえは正直だ」と褒められたといった話が提示されているが、私には作者のキャラクターを想定する限り、単にカンニングが下手だったとしか思えなかった。

 作者が有名人だから書けた本であって、普通人だったら出版社に相手にされない内容だと私は思う。とはいえ、私は織田裕二という男が嫌いではない。


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One Response to “脱線者/織田裕二著”

  1. withyuko より:

     「脱線者」というタイトル、確かに気になりますよね?でも、読後、どこが脱線者なの?と思ってしまいました。きわめて王道を行ってらっしゃる、というか、暗いところがぜんぜん感じられなくて、さわやかですよね。hustlerさん、30分はすごいです!私も、1日で読めましたけど。

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