脳の学習力/S.J.ブレイクモア&U.フリス著

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脳の学習力
「脳の学習力」 S.J. ブレイクモア/U.フリス共著
副題:子育てと教育へのアドバイス
乾敏朗/山下博志/吉田千里共訳
岩波書店 2006年10月初版 単行本

 
 脳は宇宙で最も複雑なシステムの一つであり、解っている部分は未だに多くはない。

 重さは平均1.4キロから1.5キロ、およそ1000億個の脳細胞(ニューロン)から出来、脳内細胞の連絡路数は約1000兆個に達する。

 ニューロンは非常に小さな電池のように振舞う。ニューロンの内外には約0.1ボルトの電位差があり、細胞の内側では負の電位が発生している。ニューロンが活性化すると、インパルスが発生するが、これを活動電位といい、このとき、ナトリウムが細胞膜の非常に小さな孔を通って浸透するので、細胞膜の内外でほんのしばらく電位の逆転が起こる。これにより、一つのニューロンの軸索の末端から化学物質が放出される。物質はシナプス間隙を越え、別のニューロンの樹状突起上の受容体で受けとられる。これが、脳の「言語」であり「活動」である。

 本書への作者の取り組む姿勢はきわめて真摯、誠実で、かつ真面目。

 以下は私の備忘録:(  )内は個人的な意見、感想。

1.自閉症、難読症、注意欠陥多動性障害などは遺伝プログラムの僅かな誤りという、ごく小さな原因によって惹起されるに過ぎないが、認知発達への影響は広範囲に及ぶ。

2.脳の可塑性(かそせい)、環境の変化に適応し続ける力は脳をどれだけよく使うかに強く依存する。新しい情報を貯える効率は歳をとるにつれて悪化するが、学習に年齢制限はない。

3.人間の赤子は必要な脳細胞をすべて持って生まれてくる。小脳と海馬だけが例外で、出生後も細胞数が大きく増加する。また、生後1年間に劇的に変化もする。脳細胞間の結合の数が急激に増え始める。こうした過剰なまでの結合の多くは結局は切断されるのだが、この切断、あるいは刈り込みこそが環境に適応するため、初期の結合の成長と同じように、発達にとって重要な過程。

4.脳については教育の実践の場で教えることのできるほどの理解には達していない。これが現時点での通説。

5.人の脳の発達過程について研究が遅れているのは、解剖対象が死後の脳だからであり、視覚野(脳の後方部分の領域で目に入ってきた視覚刺激に意味づけを行うところ)の研究に依存しているから。

6.前頭葉は行為の計画、反応の選択と抑制、情動のコントロール、意思決定をつかさどる部位。ここでのシナプスの発生はかなり遅れて起こり、思春期の終末頃まで発達、継続する。ニューロンの軸索を覆うミエリンという絶縁体が神経線維を走る信号のスピードアップを図るうえでの成長は20代になっても続く。

7.赤子にとって最も大切なことは他人とのコミュニケーションを含んだ、人との相互作用。赤子は2、3か月のあいだに人の顔を覚え、リズムやイントネーションの聴覚システムもすでに一部発達している。適切な刺激に満ちた環境を用意する、与えることが重要。ただし、環境の豊かさには閾値(しきち)というものがあり、レベル以下に置かれると脳に害がおよび、以上に置かれても意味がない。

8.2-6歳の時期と、6-10歳の時期にみられる行動にはめざましい変化がある。その一つが言葉。音、語彙、文法は子共時代の早い時期に習得される。(大家族で生活することの意味を再発見した。それは、多くの人によって言葉が飛び交う環境で育つ子共のほうが会話能力はもとより語彙も豊富になるし、人間は一人ひとり異なる性格をもつことを知り得、社会性が育まれる)。

9.二つの言語を同時に学び得る環境にあっても、真の意味のバイリンガルは存在しない。必ず、いずれか一方が母語となってしまう。(幼児の頃から英語を教えるのが流行しているが、愚策といわれる)。

10.赤子は18か月頃までに、20-50個の基本的な単語を獲得、5歳までにはほとんどの子共が2千語以上の語彙を学習する。新しい語彙の習得は大人になっても、本人の意欲次第で、一生継続できる。

11.左脳は文法を理解するとき、両半球は意味を処理するときに協力する。 一般に「左脳型」「右脳型」と分けることに意味はない。人間は左右を使って生きている。

12.性差は文化圏によって違いにばらつきがある。性差より、実際には、個人差のほうがはるかに大きい。中国でも米国でも、男子のほうが女子よりも数学ができる。ところが、中国の女子は米国の男子よりもよくできる。とはいえ、中国の女子が米国で教育を受けると、数学の成績が米国の女子のレベルに落ちてしまう。(アメリカでつり銭を渡すときの方法を見れば、数学的レベルの低さが想像できる)。

13.計算障害は知能の高低にかかわりなく存在する。また、難読症の子共にもときにみられる。

14.人類が文字を発明したのは約5千年前、メソポタミア(現イラク)のシュヌールと中国。

15.アルファベットの歴史上、最初の偉大な発明は子音を記号で表したこと。フェニキア人がエジプトのヒエログリフを知っていて、もっとも重要な発音を表すために改良した。第二の偉大な発明の担い手はギリシャ人。母音を視覚的な記号で表した。紀元前500年頃、現在のアルファベットが完成している。ローマ人が碑文に適した形に直して以後、アルファベットの文字の形は現在とほとんど変わっていない。

16.脳は何百万年もかけて、発音を進化させてきた。

17.難読症の子は人口の5%前後存在する。また、発症しやすい家系がある。遺伝子に起因する。難読症のなかには、視覚障害、聴覚障害、運動障害をあわせもつケースがある一方、障害のない難読症の子供も多く存在する。

18.難読症は英語やフランス語を話す場合より、イタリア語を話す場合のほうが目立たない。(「英語の場合、単語が実に多く」と作者は書いているが、語彙に関してなら日本語のほうが多いのではないか)。

19.全人口の0.6%が自閉症。知能の高低に関係なく様々な程度のものがある。共通するのは年齢や能力の程度にかかわらず、ごく普通の感情交換、コミュニケーションができない点。また、同じ自閉症にも軽重の差がある。自閉症の人の欠点はほかの人々が心を持っていることを直感的に理解する能力に欠けていること。脳に原因があり、年齢によって現れ方が違う。

20.自閉症の人の脳は普通の人の脳に比べて大きく、かつ重い。赤子のときのシナプスの増加後の「刈り込み」が行われなかった可能性がある。

21.自己抑制は幼児期から青年期にわたって徐々に発達する。社会的な文脈に合わせて、思ったことをそのまま口にしないのはこの抑制の機能による。

22.思春期を迎えると、脳容積に変化はないが、前頭皮質ではそれ以前に比べて白質が増加。これは絶縁体として軸索(ニューロンがもつ長い線維)にミエリンの層を形成、ニューロン内の電気的インパルスの伝達速度を早くする。ミリエンは脂肪組織でできており顕微鏡では白く見える。このことは思春期以降、前頭皮質での神経伝達の速度が早くなる可能性を示している。また、前頭皮質のシナプスの密度が思春期以降に大きく減少することも明らかになっている。前頭皮質では思春期に至ってはじめてシナプスの刈り込みが始まるようだ。思春期以降の白質化は男性のほうが女性よりゆっくりはじまり遅くまで続く。

23.精神病患者は自分の行為に後悔の念をもつことはない。

24.2003年の実験結果。7歳-87歳まで、176人をMRIでスキャンを行ったところ、灰白質の減少は児童期から成人期の初めてにかけて最も顕著だったが、白質の量はこの時期以降も60歳になるまで増加し続けた。

25.上記は、青年期、青年期以降と、発達を続ける脳の部分に大規模な再編成が起こっていることを示している。仕事を通じた社会生活への適応、順応など、さらに業務によってはきわめて複雑な注意力が必要だったりもするからである。

26.脳は使われる頻度に応じて変化する。使われない脳は失われる。 普通、40歳くらいから、脳細胞は急速に失われていくが、部位によっては失われた細胞の代わりをつくることができる。

27.エピソード記憶は加齢とともに悪化する。意味記憶(現在の大統領はだれかなど)の脳とは異なった領域に保存されている。(定年退職すると、曜日感覚が悪化するし、西洋暦では年号がいえても、日本暦では年号がいえなくなる。天皇が変わるたびに昭和だとか平成だとか変わることに、ついていけなくなる)。

28.未熟児として生まれた幼児は出生直後に過剰な酸素を与えられるため、海馬への損傷を受けることがあり得る。海馬が目だって小さいケースがある。IQテストではよい成績を残しながら、前日に何をしたか覚えていないというケースが起こるが、意味記憶に支障は起こらない。

29.類人猿を英語で「Ape」というが、「真似る」という意味である。人間は真似ることから成長する。

30.睡眠をおろそかにすると、思考力、創造力、意志決定、判断能力、計画能力などに大きく影響する。睡眠が昼間に脳が使ったエネルギーの再生産をする時間となっているから。組織、細胞の修復も睡眠中に行われる。(睡眠時間が長ければ長いほどよいという意味ではない)。

31.誘惑に耐えるシステムは前頭葉にあるが、古い脳のネットワークが報酬のある刺激に強く反応することと背反するため、困難が伴う。自制心の強い脳を幼児期に獲得すると、忍耐力のみならず集中力においても認知テスト、論理テストでも高得点を獲得することができる。

32.ニューロンの一群が活性化されると、エネルギー源である酸素とグリコースの補充をするため、血液量が増加する。脳が活性化するためにはエネルギーが常に供給されることが重要。実際、全身で使うエネルギーの5分の1は脳が消費している。


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