自殺-生き残りの証言/矢貫隆著

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自殺-生き残りの証言

「自殺-生き残りの証言」
矢貫隆(1951年生/ノンフィクション作家)著
文藝春秋より単行本 1995年6月
同社より 2000年2月文庫化初版

 現今、一年に3万人以上の人が自殺を遂げる時代になっている。インターネットで志願者を募り、集団自殺を遂げる例も僅かな件数ではなくなっている。戦後の長年にわたる平和ボケ、確たる人生目標の喪失、緊張感の欠落した家庭と社会、それらが自殺を誘引しているのではないかと私は思っている。

 本書は作者が1985年から足かけ7年にかけ、自殺未遂者20人と面談し、以後も親交を深め、その後の自殺未遂者の足跡を追うという形でまとめられているが、現実に救急指定病院での作者の目撃談や思いには現場に踏み込んだ者にしか判らない風景や心情が描かれていて、唸らされることしばしばだった。

 以下は心に残った内容:

1・「自殺未遂者が再び自殺を企てる確率は既往のない者に比べ、はるかに高い」とは、浜松i医大の大原健七郎氏の言。自殺には「狂言自殺」と「本気の自殺」がある。

2・一晩に何度もリストカットを深々とくりかえした女の子が救命されたり、包丁で腹部を刺した少年が救命されたり、ノコギリで首を挽いて死のうとした男は頚動脈を切断する前に気を失い助かったり、自殺する手段は多岐にわたり、しかも大胆。恐怖や痛みを感じなくなくなってしまうほどの精神状態に陥いるらしい。ただ、手段が大胆なことと致死に成功することとは必ずしも等しい関係にはない。

3・13階からスカートが開くのを防ぐために毛布にくるまって飛び降りた女性は途中で樹木の枝に引っかかってから地面に落下したため、数ヶ所の骨折で外傷も負わなかった。この女性の救命にタッチした医師は骨盤を調べたことによって、同じ女性が以前にも飛び降り自殺を試みたことを思い出した。その時も同じ医師が立ち会ったからだ。二度も飛び降り自殺をしたにも拘わらず二度とも助かっている。人間の生命力のしぶとさに感心した。とはいえ、交通事故で搬送されてきた人のほとんどが呆気なく死んでいく姿にも何度も接し、それぞれの死亡率の違いに理不尽なものを覚えた。

4・例外的な交通事故のケースもある。ある女性は自殺を目的に、首都高速で130キロの速度で故意にガードレールに衝突したが、死にきれず、再度130キロの速度を出してガードレールにぶつかったが、それでも死ぬことができず、この方法を諦め、投身自殺を図ったが、それでも目的を達成できなかったという。

5・65歳の女性は1年前にも精神安定剤を多量に飲み、自殺をはかったが、胃洗浄で救命され、1年後に殺鼠剤を飲んだが、救急センターに搬送され、医師7人看護士1人が対応し、洗浄した。洗浄のための管は十二指腸に押し込まないよう胃袋まで挿入し、1回の洗浄では200-300ミリリットルで、その量に相当する量を吸引し、口から出した洗浄液が透明になるまで何回も行い、当人は相当に苦しい思いをする。老婦人が吐き出した液体は水色の大きなポリバケツに3分の1ほどが溜まった。

6・病苦を原因とする自殺者の割合は41・9%で、そのうちの25・7%が65歳以上、人数にして5,610人。

 (老齢となった上に病魔に冒されれば、明日という未来になんの希望も楽しみもないという、いわゆる「生甲斐」の失われた人生に終止符を打ちたくなる気持ちはよく理解できる)。

7・本気で自殺を試みる者には衝動的で無計画な例が多い。遺書を残した人は4分の1に過ぎない。

8・救急隊では患者の意識状態をいくつかのレベルに分けて司令室に連絡するが、意識状態を示しているだけで、必ずしも患者の重篤度を的確に表すものではない。意識状態が最悪のレベルで搬送された男はただの泥酔状態だったというケースもある。

9・アメリカでも日本でも自殺者に最も多いのは鬱病で、精神病がそれに次ぐ。鬱病はギリシャで紀元前のヒポクラテスの時代にすでに指摘されており、中国でも古書「傷寒論」に掲載されている。

10・鬱病は普通人がときに味わう憂鬱に比べ、筆舌に尽くしがたい落ち込みという心理状態であり、有病者は世界人口の3%、日本なら360万人が鬱病に悩んでいることになる。原因は千差万別で、病気そのものが未だに的確には解明されていない。

11・26歳の若い女性が恋愛沙汰で自殺を図り、心因反応と診断されたが、選んだ手段は大胆で、しかも死ぬことに躊躇しない自殺だった。具体的には、包丁で腹部を思い切り刺したのだが、搬送されてきたとき、包丁は深さ8センチと報告され、ストレッチャーに載せられた白いスーツの女性の右腹部は出血のために広い範囲が血で染まっていた。彼女が後で語ったところによれば、包丁で腹を刺した瞬間も、救急車で搬送されている時も、救急処置室で着衣を切り裂かれている間も、、痛みは全く感じなかったという。彼女はほかに女をつくった恋人を付近の公園に呼び出し、彼の目の前で、いきなり腹を刺したとは、後に彼女にそのことを語ったのも、救急車を呼んでくれたのもその男だったが、女という生きもののの恐ろしさにあらためて覚醒する思いだったであろう。そして、おそらく男の気持ちは一層その女性から離れていったであろう。

12・自殺を決行するとき、極度の興奮状態にあるため、体内にエンドルフィンと呼ばれる内因性の物質が発生することがあり、それにはモルヒネのような鎮痛効果がある。ところが、時間的経過とともにエンドルフィン効果は薄れ、徐々に痛みを感じ、苦しみだす。彼女の手首に軽いリストカットの跡が存在することを医師が発見し、二度目の自殺だったことが知れたが、今回の自殺行為と異なり、その傷は明らかに狂言自殺を示していた。手術室で開腹してみると、予想以上に腹腔内に多量の出血があった。自殺の理由は「死ねば楽になれる」との思いがあり、自分が大胆なことをしているという自覚はなかったと後に語った。

13・1993年の自殺の手段で最も多いのが「首吊り」、次いで「飛び降り」「入水」「服毒」で、致死率が高いのも「首吊り」と「飛び降り」であった。(ただし、首吊りは事後、当人は排泄物が垂れ流しになるから、発見者の目には腐臭がひどく、醜い姿として目撃される)。

14・米国のサンフランシスコにあるゴールデンブリッジは自殺の名所として知られるが、ほとんどの飛び降り自殺者が太平洋側ではなく内陸側に向かって飛び降りているのは、明らかに生に対する未練の現われである。

15・10階から飛び降りた女性は偶然にも真下に自転車があり、足から落ちたため、大腿骨を骨折しただけで済んでいる。一方、8階建ての屋上から飛び降りた中年女性は頭部を強打しながら、死には至らず、骨盤骨折と大腿骨骨折という重傷で終わった。ただし、顔面には歪みが後遺症として残った。

16・38歳の男性は焼身自殺を試みたが、発見が早かったため、一命はとりとめたが、処置台の男の右足の両側が医師によって足の付け根から踝(くるぶし)にかけて一直線に深く切り裂かれた。傷の幅は狭いところで3センチ、広いところで7センチ。電気メスで足を川のように切ったのは「減張切開」とも「減圧切開」とも呼ばれる手法で、重度熱傷の予後を左右するほど重要な治療手法。焼けた皮膚は伸縮性を失い、一方で皮下組織は極端にむくんでいる。すると、皮下組織には圧力が増し、結果、神経や血管を圧迫し、放っておけばその部分が壊死(えし)してしまう。ために「減張切開」を行って、それを防ぐことが第一になすべきこととなる。

 切開を受けた男の両足にはゲーベンクリームという感染治療薬がべっとりと塗られ、その上からガーゼが巻かれ、その上をさらに真っ白な包帯で巻く。ここまでの処置にかかった時間は3時間半。その後、男が入った部屋は化膿した皮膚の臭気で満ちていたが、新たな皮膚が再生されるか、皮膚移植されるまでの段階における現象で、その期間は、さすがに臭気に耐えられず、しばらくは作者も対談時期を待つほかはなかった。

17・胸腹部に重度熱傷を負った患者に対する「減張切開」は胸から腹にかけ全面を漢字の田の字型に切開したが、右胸部には火傷でできた水泡が破れ、幅10センチ、長さ30センチほどのその部分の肌は赤に近いピンク色になっていて、水気を帯び、体液が滲みだしていた。

18・「拒食症」の典型的な症状は「標準体重の20%以上の痩身、体重に対する歪んだ考え、無月経などがあり、「発症年齢は30歳以下で、ほとんどの場合が女性」とされる。

19・「摂食障害」という病気は多くの場合、ダイエットを機に発症し、まず拒食症となり、その後、ある時を境に一転して過食症に移行する。そうなると、食べることが止まらなくなり、食べては吐き出すをくりかえす。作者のかかわった一人の女性はリストカットの経験者だったが、過食症に悩まされていて、久しぶりに会ったとき目を覆いたくなるほど痩せこけ、目だけがギョロギョロし、肉が削げ落ちて骨ばっていた。体重は高校生のころは50キロあったのが30キロに落ちていたが、彼女は病院食は大盛りにし、コンビにで弁当を二つ、食パンを1斤、菓子パンを5,6個、スナック菓子を二袋、コーラなどの飲料を1・5リットル、アイスクリームを数個、これだけの量を一時間半ほどで食べ尽くし、しかも同じ量を三食ごとに食べ、食べ終わるとトイレに直行、すべて吐いてしまうというくりかえしだった。

20・主治医は「母性性欠如」という問題が摂食障害という病気の根底にあると話す。「乳幼児の時期に母性性欠如の状況にあると、母子間に基本的信頼関係の確立が不十分となり、子供の側の甘えが満たされぬまま早期自律が促され、自我が未発達な状況のままで思春期を迎えるため、ストレスに弱い精神構造になる。そのため、普通の人間が難なく通過する失恋や受験の失敗や職場不適応や家庭内のいざこざに過敏になり、それが摂食障害となって発症する」という。

21・上記女性は入院加療中だが、以来、母親が毎日病院に通って、子供の回復に必死に協力したおかげで、互いの信頼関係が復活し、摂食障害も快方に向かっていた。しかし、この女性は一年ほども経ったとき、なお過食症が直らぬ自分に愛想をつかし、三度目の服毒自殺をはかるが未遂に終わる。さらに、それから3ヶ月も経たぬうちに、処方されていた四種類の薬を貯めて一気飲みし、四度目の自殺をはかるが、これも失敗に終わる。

 母親は「どうしていいかわかならい」と作者に訴えた。そして、年末には、150錠ほどの薬を飲み、五度目の自殺をはかったが、死にはしなかった。作者が見るかぎり、母親と当人とのあいだに、精神的に格別な乖離があるとも、幼児の時代に可愛がられなかったという印象も全くなかった。

22・摂食障害という病気は物質的に恵まれた先進国に特有の病気で、アメリカには約800万人の接触障害者がいて、その死亡率は6-10%といわれる。(飢餓で深刻な国に、過食症はあり得ない)。

23・1992年になると、上記の女性は体重も40キロと回復、過食症は治っていた。93年には、ガソリンスタンドでアルバイトをするようになり、途中で正社員に昇格したが、それがかえって負担となり、辞職した。その後、別のガソリンスタンドでのアルバイトを二度ほどやったが、いずれも途中で辞めている。二週に一度の通院には、その頃は母親に代わって、ボーイフレンドが付き添うようになり、彼女は自分の過去をすべて彼には話したといい、作者を安心させた。

 にも拘わらず、1995年、彼女は周囲の不安、心配をよそに、五度目の自殺未遂を行ったが、そのときは死にきれなかったが、次に敢行した六度目の自殺でとうとう亡くなった。これほど、周囲の人を苦しませた自殺は作者が調査した限りなかった。

24・自殺未遂を起こした場合、病院での治療費は安くない。先に挙げた焼身自殺で救命された男性の場合、健康保険を使用してなお250万円という費用、飛び降り自殺した男性は60万円、その他は3,40万円であった。

25・最近になって急増しているのは「経済生活問題」に端を発する自殺である。

 作者は事後の対談のたびに、「もう自殺はこりごりです。生きていてよかったです」という言葉を聴きたい一心で対談を続け、当人が遠隔地に帰郷している場合にはときにそこまで出かけていって話をするほど、ノンフィクション作家としての仕事にも熱心であり、相手に対しても温かかった。上記の六度も自殺を遂行して、とうとう命を絶った女性を本書の、いわば主人公のように扱ったのは、作者の落胆のほどが想像されて、いたたまれない気持ちになるが、私は死にたいやつは死ねばいいと思っているし、私自身も死にたいと思うことがあれば、死をトライするつもりだ。

 本書が労作であることは間違いない。

 

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2 Responses to “自殺-生き残りの証言/矢貫隆著”

  1. withyuko より:

     自殺するほどつらいのだから、考える余裕はないんでしょうけど、この本の例のように生き残った人はいいとして、死んでしまった人の遺族の方や周りの友人などは、「なぜ、死んでしまったの?」っていう疑問や救ってあげられなかった!っていう自責の気持ちで、ずっと心に痛みを抱えて生きていくことになります。年間3万人ものひとが自殺
    されてるんですねー。やりきれないですね。

  2. hanachan-234 より:

     インドネシアのデパートには
           メイドインチャイナがあふれておりました。
       日本製を欲しがっている人は多くいますが、
       売れるわけはないですね。
    * 「雨はコーラがのめない」について
        わざわざコメントくださいましてありがとうございました。

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