草原の覇王 チンギス・ハーン/津本陽著

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チンギス

   

 「草原の覇王 チンギス・ハ-ン」  津本陽著 PHP研究所 

 2006年8月初版 総ぺージ312  単行本  定価1,800

 チンガスーハーンとは現地では「Chinggis Khan」と書くらししが、作者はモンゴル建国800周年に贈ると称しているから、それなりに力を入れ、世に送りだしたのだと思われる。もともと、13、4世紀という時代的背景もあり、参考にできる資料、文献は限られ、書き手に苦労を強いるのは必然という気がする。

 印象では、草原に生まれ育った田舎っぺが13世紀に突如、牧羊を主とする周辺国家とは異なる習慣、物事への考え方の違いを引き提げ、まずは自国内に分散割拠する他民族を、あるときは手なづけて味方の戦力に加え、あるときは虐殺、殲滅し、支配権を確立、次いで、拡大の範疇を他域に広げ、比較を絶した騎馬群団を操り、弓矢の飛距離と確度を誇示、そうした戦に不慣れな各地の領主との戦いに連戦連勝。敗戦に追い込んだ相手国の所有する優秀な武器はこれを模倣して使用、ターゲットとなった国の王や領主はことごとく命を奪われ、若い女や男は奴隷として、財宝とともに持ち去られ、分配される。 

 

 ホルムズ王国(現イランあたり)を壊滅させたあと、ハンガリー、ロシア、ブルガリア、ポーランドにまで足跡を残しているのだから、捕虜にした女性のなかには金髪、碧眼の美女や楚楚とした麗女がいたとしても不思議ではない。戦争時、若い女は常に戦利品だったはずだが、風呂に入る習慣のないモンゴルの男に抱かれた女はその異臭に鼻をつまんだことだろう。

 制覇することの目的が財宝、女、奴隷、家財、家畜などの略奪で、しかもイスラムに残る文献による限り(被害者としての誇張はあるだろうが)血も涙もない大量殺戮というのでは、見るべきものも、学ぶべきものもなく、彼らの遺したもので、「これは」といえるのは、「貨幣の平均化」と固形化した石油を使った狼煙(のろし)による「情報の迅速化」と、各主要ポイントに馬を置いたり交換したりする「駅」を設置したくらいなもので、、存在したことそれ自体にそれほどの意味があったのかどうか、現在のモンゴル人ににとって自信の礎とはなり得ても、教養なきものは所詮、世界が相手にせず、政権は長くは続かなかったという印象が強い。 

 チンギス・カーン自身は宮殿に住むことを嫌い、生まれ育ったゲルを大きくし、そこで種馬の如く、連夜にわたって生殖活動に精を出したらしい。 

 現に、チンギス・カーン亡きあと、三番目の子供オゴタイが政権を握り、他の子孫らが領土を分割所有による施政を行なったが、孫にあたるクビライが中国を治めた「元」はあっというまに漢民族の「明」に取って代わられ、辛うじて長期政権を保ったのはキプチャック・ハン(ロシア、ウクライナを含めた領域)で、ここもロシアの拡張政策のなかで滅ぼされ埋没していく。

 言葉を換えれば、際立つ相違は騎馬戦による抜群ともいうべき優秀さと果敢さで、戦には強くとも、民を統べるという点では、漢民族からはるかに遅れた民族だったとの事実は否定のしようがない。

 (もっとも、漢民族だった「明」も、鎖国したため自らの民の一部を中国人倭寇にしてしまい、満州で起こったわずかな人口しか持たぬ「清」に350年後には滅ぼされるのだが)。

 かつて司馬遼太郎が「青き狼」と称したロマンなどは一切感じられず、「13世紀が生んだ突然変異」という印象しか持ち得なかった。

 正直にいうが、本書に登場するモンゴルの「地名、人名いずれにも、不慣れな名前がこれでもかこれでかといった具合に出てくるので、はじめこそ真面目に記憶しようと努力したおかげで、しばしば眠ってしまい、なんとしても、本書を最後まで読み尽くしたいという意欲が薄れる一方で、本書を入手した気持ちと相克しながら、ようやく、終焉にこぎつけた。

 読後の感想は「ややがっかり」というのが本音。

 ただ、覚えておいたほうがいいのは、日本全土の面積が328,000平方メートルなのに比べ、モンゴルは1,577、000平方メートルということで、日本の3倍もの土地のほとんどが海抜を伴いはするが草原、そういう土地に1980年の調査では人口166万人しか住んでいない。チンギス・カーンの時代は、もっと少なかったろうから、兵士の数もそれほど多くはなかったはずで、その意味では文字通り英雄ではあり、戦上手だっただろうし、攻め取った国の兵士をも活用する術をも心得ていたであろう。

 作者はチンギス・カーン一代の動きを追っただけで、その子孫らの行く末までは筆にしていないが、ロシアに革命が起こり、赤化した後、スターリンは周辺諸国を領土的野心のもと併呑を繰り返し、序でのことに、13世紀に受けた恨み辛みを晴らす目的で、チンギス・カーンの末裔を探し出し、見つければ悉く殺したたという歴史にも触れていない。

 最近になって、この国に突如として金、銅、輝石などの鉱脈が発見された。カナダの試掘業者が掘り当てたらしいが、直後ロシア、中国が牙を剥くようにして、モンゴル各地で試掘を開始したというニュースが流れた。当事国や国民側が受益者となれるよう、リーダーシップをとるトップが賄賂や談合にかかわることなく、国民のためにインフラを整備し、生活をアップさせることを期待したい。とはいえ、鉱業には有毒物質とのかかわりが避けられず、モンゴルのあの美しい草原を砂漠化させることだけはやめて欲しい。

 後日、明らかになったのは、凍土だったところの氷が溶けはじめているらしい)。


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